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マネーの俺  作者: 佐藤 正夢
ヒエラポリス編
14/18

ヒエラポリスの大監獄

•••••••••••••••ちょ、ここどこ?


目が覚めて初めての感想がそれだった。

真っ暗な視界の中にうっすらと石造りの天井が見える。

どうやらを俺は仰向けで寝ているらしい。それは分かる。しかしそれ以上はわからない。


よし、まず整理しよう。俺が最後に記憶しているのはドラゴンとの戦闘だ。突如として現れたドラゴンは圧倒的で、馬鹿げてるほどにデカかった。

そう、俺はドラゴンの足元にアルジャン ロワを作用させて硬貨に変えようとしたのだ。そこまではっきりと記憶しているが、それいこうの記憶がない。


俺はむくっと起き上がり、辺りを見回す。どこかの灯火の漏れた光が今の俺の視界の頼りだ。何故だかあまり物音を立ててはいけないような気がして、俺はこっそりと様子を伺う。

その結果、ここが牢獄になっていることがわかった。

あまり知りたくない事実が明らかになり、俺は思考を巡らす。

犯罪を犯した?いや身に覚えがまるでない。これが酔っ払って記憶失くして人を殴って逮捕された時の感覚なのだろうか。


石畳の床を一定の間隔で踏み締める足音が突然聞こえてきて、俺はすぐさま硬い布団に横になった。まだ目覚めてませんよアピール。見に来ても無駄ですよと心の中で訴える。

俺を見に来たわけではないのかもしれないが、自然とそんなことをしていた。

足音が消える。どうやら立ち止まったようだ。こちらを見ているか定かではないが、俺が収容されている牢屋のすぐ近くにいるのは何となく分かる。


鼾でも書いてみたほうがいいだろうか?いや、わざとらしくなって逆にバレてしまう気がする。


俺は近くにいる人物が去っていくのをじっと待った。


そいつはおそらく数分間はその場にいたと思う。

また足音が聞こえ始める。段々と遠ざかっていく足音だ。

俺はホッと胸を撫で下ろす。片目をそっと開いて、ゆっくりと両目を開く。

それから少し待った後、牢屋の格子の方に視線を向ける。


誰もいない。


俺は一度大きく息を吐いてから起き上がる。鉄格子に顔を近づけ、無理やり左右を確認する。頰に鉄の冷たさが伝わり、思わず声を出しそうになるのをぐっと我慢した。


「よお、目が覚めたか?」


急に聞こえた声は俺に向けられたものだとすぐに理解したが、俺は一度無視をする。いや、何となく。


「おい、聞こえてんのか?お前だよ、お前。そこのボサボサ頭。」


俺はその絡むと面倒臭そうな男の方に視線を向けた。

一言で言えば、ガラが悪い。まあそれ以外の感想は浮かばなかったけど。


「何ですか?」


「おう、聞こえてたか。お前、何やらかしたんだ?」


何かをやらかした前提の聞き方に俺は強く反論しようとしたが、ギリギリで思い直す。だって牢屋に入れられたら皆そう思うのも当然だろう。


「覚えてないですよねぇ〜、これが。」


「酔って暴れたんじゃねぇか、ははは。まあ安心しろ、それくらいならすぐに出られるさ。」


あれ、結構感じ良い人かもしれない。俺は目の前にいる男の印象を修正する。


「あなたは何を?」


「俺は国王暗殺未遂容疑だ。」


とんでもないことを平然と言ってのけた。

えええええ、かなりの危険人物じゃん。

というよりも国王がいるってことはここは王国ってことか。


「変なこと聞きますけど、ここってどこですか?」


「ん?どこって、ここはヒエラポリスの大監獄だよ。収容できる犯罪者の数が正確には分からないくらいなんだとよ。」

ホントどこに力入れてんだか、と呆れた口調で男は言った。


俺はそれどころじゃない。ここは完全にシノビの里と正反対の敵国だという事実が重くのしかかる。今の俺の状況は予想以上にやばいかもしれない。


「ああ、それと俺の名前はベイルだ。よろしくな。」

男の声で現実に帰った俺は同じように自己紹介をした。

「ああ、はい。俺はコウです。よろしくです。」

軽く頭を下げると、ベイルも軽く手を挙げた。


「お前、いやコウ、スゲェな。俺が国王を暗殺しようとしたってのを聞いても何も動じないなんて。」


いやいや結構な衝撃でしたけど?と俺は心の中で強く抗議する。

でも確かに表情には現れなかったかもしれない。色々なことが数日のうちに起こり過ぎて、感覚が狂っているようだ。


「い、いや俺、このヒエラポリスに住んでないので、よく分からないんですよ。ははは。」


「おお、そうなのか?んじゃあお前、何でこんなところにいるんだよ。」

当然の疑問だ。いやむしろ俺が聞きたいことなんだけど。


「まあそんなことはどうでも良いか。コウ、突然だがここから出たくないか?」


ホントに突然だな。状況を把握してからまだ一分も経っていない。


「え?そりゃあ、もちろん出たいですけど。」


「よし、じゃあ俺らの脱獄計画にのってみるか?」

見知らぬ人物にそのような計画について話すのは一体どういう了見なのだろうかと疑問に思うが、確かに一刻も早くここから出たい。シノビの里の状況も気になるし。


すぐに返答がなかったことで俺が怪しんでいると感じたようで、ベイルは笑いながら小刻みに頷いた。

「いきなり知り合った奴から脱獄しようぜ、なんて言われたらそんな反応にもなるわな。でも安心してくれ。コウだけじゃねぇ、ここに入った奴全員に伝えてる。伝言ゲームのようにな。」


「え、全員ですか?」


「このフロア限定だけどな。」


「ちょっと待って下さい。このフロアってことは違うフロアもあるってことっすか?」


「ああ、そうだ。そこから教えといたほうがいいみたいだな。このフロアはB5、最下層だ。B5フロアだけで収監されてる人数はおよそ50人。B1からB5まで合わせると250人はいるな。まあ、おおよそだけどな。」


脱獄すると言っても道のりは並大抵ではないのが分かる。地下にいるということは必ず上らなければならない。

上階に行くには階段しか方法はないだろうから、出口は一つだけ。戦闘は免れ得ないだろう。


「いつですか?」


「ん?」


「いつ脱獄をしようと思ってるんですか?」


「お?参加する気になったか?」

ベイルは少し嬉しそうだ。それは表情を見れば分かる。

「まあ、そうですね。ここにずっといるわけにもいかないんで。」


「そうだな、脱獄の日取りはもう決まってるんだ。今から数えて、三日後の深夜0時だ。」

細かく決まっている予定に俺はより興味をそそられる。行き当たりばったりの計画ではないようだ。

「えらい細かく決まってますね?その日のその時間じゃないといけない理由でも?」


「ああ、もちろんだ。脱獄するのに一番厄介なのはメドヴィスっていう司祭なんだが、こいつが三日後にヒエラポリスを出て、アエラ神殿に籠るらしい。」


「アエラ神殿っていえばヒエラポリスのすぐ近くにある古びた神殿ですよね?何のためにそんなところに?」


「さあな。あのメドヴィスって野郎はよくアエラ神殿に一日中籠るんだよ。んで次の日にはヒエラポリスに戻ってくるんだ。」


「それが三日後の深夜0時ってことっすね。」


「ああ、そういうことだ。じゃあさっそく計画の詳細について話すぞ?」


それから綿密な計画?をベイルから聞いた俺はその計画に加担することを決めた。


「こう言っちゃあなんですけど、ゴリ押しですね。」


「好かないか?」


「いいえ、分かりやすくて最高ですよ。」


俺の本心だ。あんまり難しいと失敗した時に取り返しがつかなくなる。単純だと修正しやすい。まあ俺が勝手に思ってることだけど。


ベイルと話をしている最中にまたも足音が聞こえてきた。俺は警戒心を持ちつつも先ほどのように態勢を変えない。


「目が覚めたようだな。」


「ああ、どうも。」

服装は王国騎士のような感じ。俺はそっけない態度でその男を迎える。


「まず一つ聞かせてもらおうか、お前の名は?」


男は棘のある口調でそう言って、俺を睨み付ける。人を見る目じゃないよ、その目つき。まあ慣れてるけど。


「コウ。コウ ワシミヤ。」


男は何やら紙を取り出して書き込んだ。俺の名前をメモしているのだろう。


「それで、お前はシノビの里の人間か?いや、その格好を見れば明らかだな•••••••••」


「これは借りただけだよ。シノビの里で少しの間、世話になったんだ。」


俺の言葉を完全に信じていないのは明白だ。仕方なしに俺の言ったことをメモしている。

「何故あんな場所にいた?」


「何故って••••••そりゃあドラゴンが現れたら何らかの対処はしようとするだろう?」


「は?お、おい!今なんて言った?」

向かい側の牢屋からベイルが興奮した様子でそう言った。鉄格子を曲げて、そこから出てきそうな勢いで。


「あれ、ベイルさん、知らないですか?ドラゴンですよ、ドラゴン。あれは地龍ですね。」


「待て待て。そんなことがあるか?ヒエラポリス近辺なんて雑魚モンスターしかいないぞ。」


「誰かが召喚したってことですね。」


「私語は慎め!犯罪者!」

俺とベイルが自分を挟んで話をしていたのが気に食わなかったのか、王国騎士は強い口調で叫んだ。


ただそんなのでビビるような奴はこの牢獄にはいない。もちろん俺も含めて。


「おい、うるせぇぞ!!テメェがまず静かにしろ。」

ベイルが唾を飛ばしながら反抗する。

おお、すごい迫力だ。だてに厳つい顔してないな。逆に王国騎士の方が少しビビってるみたいだ。


「••••••ちっ、こんな奴早く死刑にしてしまえばいいのに。」

歯を食いしばって悔しそうな表情で王国騎士はその場から去っていく。

その後ろ姿を確認しながらベイルは苦笑する。

「まあ、でも今日はもう寝といた方がいいだろうな。メドヴィスが来たらこうはいかないぞ。」


「そんなにやばいんですか?そのメドヴィスって奴。」


「ああ、明日にでも教えてやるよ。あいつの恐ろしさを。」


メドヴィス。聞いたことのない名前だ。噂でさえも。シノビの里でヒエラポリスについてもっと聞いておけばよかったと今更ながら後悔した。


それからベイルは伸びをして、布団に寝転がった。そして一瞬のうちに鼾をかき始める。


「幸せな特技だな、おい。」


そんなベイルの寝相を見ていると俺も睡魔に襲われる。欠伸をしてから仰向けで眠る。牢屋の中には何もない。寝るしかすることがない。


「なんか暇潰しあればいいけどな••••••」


そんなことを考えているうちに俺も眠りについた。




一方その頃、シノビの里中央広場。

ここから見える家々は明かりが消え、皆眠りについている。どうやらいつも通りの里の様子が戻っているようだ。


シオリもイルサックもセラもくまなく森の中を探しまわったが、コウの姿はなかった。

何かしらのトラブルに巻き込まれたのは明白だった。

そして最もあり得る可能性がヒエラポリスに捕まった、という仮定だった。 考えたくはないけれど。


「ヒエラポリスに捕まったかもしれないな。」

顎に手を当てて厳しい顔でイルサックが示した可能性をシオリは頭から否定できない。というよりも彼と同じことをシオリも考えていた。

「そうね、その可能性が一番高いわ。」

シオリやイルサックの考えにセラは言葉にならないほど落ち込んでいた。

どうしようと小声で呟いているが、状況は何一つ変わらない。

何かできることはないかと頭を働かせてみるものの、一向にいい考えは浮かんでこない。


「問題はどうやって救出するか••••••いや、その前に本当にヒエラポリスに捕らえられたのかどうかを確認する必要があるぞ。」

彼らの中でも年長者であり、シノビの中でも一目置かれているイルサックはさすがというほどに冷静だった。シオリも感心するくらいに。


「早急にヒエラポリスに侵入させる者を選定しないと。」


「俺やシオリは顔が知られてすすいるからな。ヒエラポリスに顔が知られておらず、かつしっかりと計画を実行できる者、か。」


「あ、あの!」


シオリとイルサックは横から聞こえた声の方へ振り向く。そこには覚悟に満ちた瞳、表情をしたセラの姿があった。

「セラ?」


「私、ヒエラポリスに行きます。コウがいるかどうか、そして無事かどうか確認してきます。」


「いやしかし•••••••••」

イルサックはそこまで言って口ごもる。セラの有無を言わさない覚悟を感じ取ったのだ。心の奥から滲み出るセラの覇気のようなものに圧倒された。


シオリは少し考え込んでから小さく頷いた。

「分かったわ、セラ。あなたをヒエラポリスに向かわせる。」


「はい!」


「ただ一人というわけにはいかないわ。」


「そうだな。最低でも二人、いや三人はいるか••••••」


イルサックもシオリの考えに同意する。それを聞いたセラも構わないという態度を示す。セラは自分自身が潜入できれば誰がいたって構わないと思っていた。


「あと二人はどうする?」


「そうね•••••••••一人はクロネがいいと思うわ。」


「クロネか•••••••ああ、優秀な奴だ。俺も賛成だな。あと一人は男の方がいいだろうな。」


「ええ、それはイルサック。あなたの直属の部下から選んだ方がいいんじゃない?」


「うむ、そうか?ならばピリオに任せよう。あいつは優秀な奴だ。」


シオリも納得の表情を浮かべる。セラはピリオという人物を知らない。一方でクロネはシオリの家にいた寡黙な女性だというのは分かった。


シオリとイルサック、二人の会議でヒエラポリスに向かうのは明朝ということになった。すぐにクロネ、ピリオにもその事実を知らされる。二人共ヒエラポリスに潜入することについて異議を唱えることはない。

シオリやイルサックに頼まれたならば、拒否することなど彼等には考えもつかないし、逆に光栄なことだと誇りに思うほどだ。



セラはシオリの家で少し睡眠を取る。気持ちが昂ぶり、あまり眠れはしなかったが、目を瞑るだけでもやはり違った。


セラは身支度を済ませて、シオリの家を出る。すぐ外にはシオリとイルサック、そしてクロネとピリオが立っていた。

「すみません、お待たせして。」


「いいえ、私たちが早かっただけよ。まあとにかくこれで揃ったってことね。」


「うむ、改めて言うが三人にはヒエラポリスに潜入し、コウ ワシミヤの情報を集めるように。ただ深追いはするな。安全第一で行動することを忘れるな。」


「「はい!!」」



シオリは三人の顔をそれぞれ見回す。

「うん、皆良い顔ね。コウはシノビの里のために戦ってくれた仲間よ。それはセラも同じ。クロネ、ピリオ、頼んだわよ。」


「お任せ下さい、シオリ様。必ずやコウ殿の情報、乃至は身柄を取り戻します。」


「はい、僕もクロネと同じ思いです。」


クロネとピリオの二人は深々と頭を下げる。


「何かあれば念話で知らせて。ヒエラポリス近辺に数人待機しておくから。」


そしてセラ、クロネ、ピリオの三人は星空が消え去った薄闇の中でヒエラポリスへと出発した。


シノビの里の建物にも明かりが灯り始める。里の住民の生活が始まるのと同時にコウ ワシミヤ奪還作戦も始まりを告げたのだった。




明くる朝。まあ地下にある牢獄という環境では朝なのかどうかも分からない。しかし体内時計は未だ狂ってはいないようで、俺が起きたタイミングで朝ご飯が運ばれてきた。

昨日の王国騎士ではない。格好も異なり、おそらく王国騎士よりも下の位の人物だろう。

それでもゴミを見るような目は変わらない。


牢屋の下に猫がギリギリ通れるくらいのスペースがあって、そこからトレイに載った朝飯が用意される。


見るからに固いパンと、見るからに薄い塩味のスープ。


「朝食が終わったらメドヴィス様から話があるとのことだ。くれぐれも失礼のないようにな。」


給仕係が去ってからベイルはパンとスープに口をつける。他の囚人達も同じように食べ始めた。


俺もその様子を確認してからパンを一口齧る。•••••••••味がない。


気を取り直してスープを啜る。

•••••••••味がない。


いや細かく言うと、パンもスープも塩味が付いている。ただ集中して味を探さなければ分からないくらいに薄い。

パンに限っては食感がまるで岩のようだ。

これで殴打されれば、人を殺せるのではないか?と思うほどだ。


俺がパンと睨み合うような形を取っているとその光景を見たベイルが声を出して笑った。

「ははは、固いだろ?まあ慣れりゃあ美味いと思えるぞ。スープはそうだな•••白湯だと思え。」


「毎日こんな感じの食事なんですか?」


「んん?そうだな。ほとんど変わり映えしないな。」


こりゃあ一刻も早くここを抜け出さなきゃいけないなと俺の腹が強く決意する。

シオリの家で食べた料理を食べたい衝動に駆られる。


「ベイルさんはいつからこの牢獄に?」


「二週間くらい前か••••••俺、いや俺たちが国王を暗殺しようと試みたのは。」


「まだ二週間なんですか?」


「まあこの場合、もう二週間と考える方がいいな。俺たち、国王を暗殺しようとした者は有無を言わさずに死刑だ。よく二週間も生き長らえてるなと思うよ。」


そういやそうだ。国王を暗殺しようとした人間ならばすぐにでも死刑になるような気がするが、そうでもないらしい。


「そういや朝飯終わったらメドヴィスと面会するんだろ?」


「ああ、何か言ってましたね、あの給仕係が。メドヴィスといやあ、昨日ベイルさんがヤバいって言ってた奴ですよね?」


「ああ、そうだ。ヒエラポリスで最も危険で注意すべき人物だ。奴はヒエラポリスの大司祭という表の顔とは別に闇パーティの幹部という一面もあるんだ。」


何か嫌な予感がする。その闇パーティの名称が頭に浮かんでくるのだ。俺とセラが調べているパーティだ。


「そのパーティって••••••邪龍の鉤爪ですか?」


ベイルは分かりやすく驚きの表情を浮かべた。

「おお、正解だ。よく分かったな。」


「まあ遠からず因縁もあるんでね。」

グラム クロスでぶっ叩いた男はどれくらいの地位の人物だったのだろうか。今更になって思う。

俺が数日前のことを思い出したタイミングでこちらに複数の足音が近付いてくるのを聴覚で確認した。


俺が入っている牢屋の前で立ち止まる。今度は給仕係ではなく、王国騎士だ。昨日来た奴と同じ格好の人間がぞろぞろと目の前に立っている。異様な光景だし、全員目つき悪いし。


「メドヴィス様がお呼びだ。」

王国騎士の一人が牢屋の鍵を開ける。

「はあ••••••え、俺こっから出ていいんですか?」


「当たり前だ。ここから出ないでどうやってメドヴィス様に会う気だ?」


「いやいや、ここから出たら俺逃げちゃうかもしれないっすよ?」

まあ鉄格子を硬貨に変えればいつでも出れるっちゃ出れるけど••••••


「逃がすわけないだろう?私達は誇り高きヒエラポリスの王国騎士だ。なめるなよ?」

男は薄笑いを浮かべて、やれるものならやってみろと挑発してくる。

ここで怒るほど俺も単細胞じゃない。


「まあ確かに。この人数で逃げようと思う奴なんていないわな。」


俺は大人しく牢屋から出る。王国騎士らは警戒を全く緩める様子はない。彼らは俺の両手首に頑丈な手錠をはめる。腕が重すぎて歩くのも面倒になる。


俺は抵抗することなく王国騎士に連れられて、その場を後にする。離れる前にちらりとベイルを見ると力強く頷く姿が目に入った。

ただそれが何を表しているのか、俺には全くピンとこなかった。



B5からどんどん上へと階段を上っていく。地上までは結構な距離になるようだ。まあ当たり前か。


俺は顔を動かさず、視線だけを左右に忙しなく向ける。

どの階にも見張りがいる。数は三人、いや四人いる。ただこれが毎日なのかは確認しようがない。

いや今回メドヴィスに会うのは良い機会だ。それはもちろんメドヴィスが邪龍の鉤爪の幹部だということが一つ、そしてベイル達と脱獄する時のための良い下見になるということが一つだ。


ある程度の地理的なものは頭に入った。


一人で牢屋に戻れと言われても一応戻ることはできるだろう。


「いやあ、空気が美味しいね。地上は。」

大きく深呼吸して、リラックスしている俺が気に入らないのか、王国騎士は刺々しい口調で言う。

「いいから歩け!誰が止まっていいと言った!」


「はいはい。」


軽く受け流す俺。

いや本当はこの状況にビビってるけどね。

今にも下から謙ってしまいそうでヒヤヒヤしている。こういう時は強気でいかなければなめられてしまうので、なんとか頑張ってる形だ。

そりゃあそうだ。数日前まではただの一般人だったのだから。



地下から抜け出すと高級そうな絨毯がびっしりと敷かれていて、俺の王国というイメージにぴったりだった。

廊下の左右には甲冑が等間隔に並べられ、壁には誰が書いたのか分からない油絵が飾られている。


ただっ広い廊下をどれくらい歩いただろうか。

ようやく行き止まり、いや大きな扉が目の前に姿を表した。

「ここですか?」


俺は思わず王国騎士に話し掛けるが、完全に無視。まあいちいち囚人の話なんて聞くわけないよね。


王国騎士の一人が扉をノックする。

するとくぐもった声でどうぞと聞こえた。


王国騎士が扉を開く。

「•••••••••入れ。」


俺は部屋に足を踏み入れる。まるで結婚式場のような空間がそこにはあった。

首のない人間が踊っているような形の奇怪なアートが飾られている。俺の感覚では趣味が悪いとしか思えない。


「ようこそ、いらっしゃいました。コウ ワシミヤさん。」


「はあ、どうもです。」


自分に酔っているような言い方。どういう反応をしたらいいのか分からない。

「驚いたことでしょうねぇ?目を覚ましたらいきなり牢屋に入れられてるんですから。」


答えを求めての言葉ではないと思ったので俺は黙って次の言葉を待った。


「おっと、そういえば名乗っていませんでしたね。私はメドヴィスと申します。よろしくお願い致します。」


やはりこいつがメドヴィス。邪龍の鉤爪の幹部の一人。


「よろしくです。ってことで何で俺が牢屋に入ってるんですかね?」


「人質みたいなものですね。」


「人質って、俺シノビじゃないですよ。」


「確かにそういう報告を受けていますけどねぇ。いや信じてないわけじゃあないですよ?ただシノビの奴らと関連がない、というわけでもないでしょう?」


そう考えるのが普通だろう。シノビの黒装束を着ていることが何よりの証拠だ。


「まあ、それは否定しないけど。」


「君を一つの交渉材料に使おうと思っています。それがどれだけ有用なのかは分かりませんが、使えるものは使うのが私の主義でして••••••」


「何でそんなことを俺に言うんだ?」


「包み隠さず本人に言うのは私の主義でして。」


「いろんな主義があるんだな。」


「くくく、ええ、大変ですよ。色々とね。」

何がツボに入ったのか分からないが、メドヴィスはくすくすと笑いが止まらない様子だ。


「あ、話は以上です。お戻りになって結構ですよ?」


え?終わり?いやいや何も聞かれてないけど。といっても聞かれたいわけじゃないけどね?

肩透かしにあった気分で俺は王国騎士に連れられて、B5の牢屋へと戻った。


メドヴィスの印象ははっきり言ってよく分からない。謎。

それが余計に不気味で、危険な空気を感じた。戻った後、ベイルにどうだったと聞かれたが、よく分からないとしか言えなかった。

唯一分かったのは彼は自分の主義を妙に大切にしていることだ。そのためならば自らが不利になるようなことさえもするのではないかと俺は予想している。


その夜は寝ずにこれからのことを真剣に考えた。ベイルとともにここを抜け出してシノビの里を目指すという思いに変わりはない。しかし昨日よりも不安は強くなっている。どうもあのメドヴィスという人間が一筋縄ではいかないような気がして。


「まあ考えても仕方ないな。それにしても俺を交渉材料にするって••••••本気か?俺にそんな価値はないと思うけどな。」


考えても無駄。それに行き着けば、あとは寝ることしかやることはない。


ということで••••••


「寝るか。」


ものの数秒で寝息が聞こえる。自分がベイルにも負けないくらいの即寝だとは気付かずにコウは幸せそうな寝顔で熟睡していた。







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