え、そんなのありですか?
シノビの里の歴史は戦火の歴史とも言えるほどに血塗られたものだ。
それは現在も続いている。
平和そうに見えて、そうではない。
民間人は敵襲に怯え、犠牲を悲しみ、怒りを覚える。
幼少の頃から日常的な光景としてシノビの皆々は育っていく。
もちろんシオリもそうだ。そしてリンも。
その憎き相手というか、長年戦いが終結していない相手というのがヒエラポリス。
現在はエーテルランド帝国の属国として陽の目の当たらない国と成り果ててはいるが、元々国力は低くない。
シノビの里の初代首長ムラサメとヒエラポリス初代国王パバンの時代にとある財宝を巡って争ったことがきっかけになり、双方の国は仲を違えた。
それが何なのか、今を生きる者達には伝わっていない。伝承がどこかで途絶えた。それがいつなのかも分かっていないが、財宝が争いの発端だというのは周知の事実だ。
現首長であるシオリもヒエラポリスについては悪感情を抱いている。それがどんな理由があってのことかなどは彼女には関係ない。
首長として民の安全を保証するのは当たり前のことだからだ。危険をもたらす者達に好意を抱くことは決してない。
ということで今、彼女は森の中を駆けていた。民の平和な日々を壊させないために。
その後に続いて、俺とセラが走っている。
シノビの一団の中で最後方。一番安全だから、というわけではなくただ出発するのが遅かったからだ。
里から離れると暗闇に包まれた森はより一層不気味に見える。光のありがたみを感じるのは俺だけのようだ。なぜならシオリもセラも光玉を発生させる魔法を使用して視界を確保しているからだ。
俺はそれ、使えないから。残念。
そんな風に自分の力の無さに嘆いているとまたも大きな爆発が起きた。前方に白煙が上がっているのが見える。
「二人共やばくなったら、なりふり構わず逃げること•••いい?」
「わかってるよ。」
もちろん俺はその気満々だ。普通はここでお前らを見捨てて逃げれるか!と言うのかもしれないが、死にたくないし、自分の実力も客観的に理解している。
「そんなことできるわけないです。私達も最後まで戦います!」
しかしセラの回答は俺とは正反対のものだった。そして彼女は俺の回答が聞こえていなかったようだ。それが幸運だったのか、悲運だったのか分からないが。
「これはあくまでシノビの里の問題。無関係の者を巻き込むわけには••••••」
シオリはセラの言葉に戸惑いを見せた。まさか俺の回答がシオリにさえ聞こえていなかったとは思わなかった。これまた幸運なのか、悲運なのか分からない。
「私達だって今はシノビの里の人間です。ね、コウ?」
「ん?あ、ああ、もちろんさ。シオリやクロネ、リンにも世話になってるしな。もちろん里の人達にも。」
まあ仕方ない、頑張るしかない。こういう状況になったならやれるだけやってみよう。
意識を素早く方向転換。
俺はアイテムボックスからグラム クロスを取り出し、装備した。
「二人共、ありがとう。」
三人が最前線へと辿り着く。そこは火の海••••••まではいかないが、悲惨な状態になっていた。
シオリは動じることなく、腰から短剣を抜いて、その場の指揮を執っていた髭面の男のもとに赴く。
「イルサック、状況は?」
シオリにイルサックと呼ばれた男は真正面にいる敵の動向から目を離さずに口を開いた。
「報告はいってると思うが、相手はモンスターテイマーだ。思っていた以上に手強いぞ。」
「敵の数は?」
「把握しきれてない。なんせモンスターの数が多すぎてな。」
「複数使役をしてるとなると国家魔物使役者かもしれないわね。」
シオリがまずいわねと小さく呟くのを俺は聞き逃さなかった。俺も心のうちで同意する。
国家魔物使役者は国家が承認した魔物使役者で通常の魔物使役者とは一線を画す。実力を考えて、国がこの者を国家として手放したくないと思った時に国家の文字が与えられるのだ。
それはもちろん国家剣士や国家武闘家、国家弓術士なども存在する。そしてその中で最も位が高く、名誉ある称号なのが、言うまでもなく国家魔導師だ。
ほとんどの国で国家魔導師は貴重な戦力で、王国騎士の隊長や国王の補佐官などの役職に就いている。楽できそうだという理由だけで俺は地味にそれを目指している。まあまだ誰にも言ってないが。そして言うつもりもないが。
「一つずつ潰していくしかないわね。イルサック、全体の指揮を頼むわ。コウ、セラ、行くわよ。」
「はいよ。」
「了解です。」
まずは最も近い戦闘区域へ。
巨大な大熊が木を薙ぎ倒し、徐々に里の方へと迫っていた。そんな光景に一瞬ではあるが、俺の足は竦む。そりゃあ人間相手じゃなく、デカい熊なんてやってられない、普通は。一瞬だったことを褒めてやりたいくらいだ。
大熊の動きを観察してじっくりと攻めていこうと考えていたら、俺とは正反対にシオリは特攻していく。
「コウ、時間がないわ。相手の動きは瞬時に判断して。」
「ひえ、無理言うなよ。そんなのいきなり出来ないって。」
俺は仕方なしにシオリについていく。やっぱ俺、速くなっている。自覚できるほどに。
「わたしの動きよりは断然読みやすいわよ。」
こちらを見て微笑みながらそう言われるとなんだかそういう気もしていた。
大熊が迫り来るシオリを視界に捉えた。
グヌオオオオオオオオオ。うるさい。耳障りな咆哮が鼓膜を揺らした。
熊は山から下りてきたとTVで特集しているのしか見たことがない。しかもこんなにも巨大な熊なんて前世には絶対に存在しない。
俺は一度大きく深呼吸した。いけるいけると呪文のように心で唱える。
よし、いっちょやるか!そう思った時、大熊の足元から多数の鎖が出現した。鎖は大熊の首や手足に巻き付いた。
この魔法を俺は知っている。
使用者は•••••••••もちろん。
「コウ、シオリさん、今のうちに!」
俺は後ろにいるセラに視線を移さなかった。それでも理解できる。彼女がアルム なんとかという魔法を使ったのを。
俺は自らが出せるトップスピードで大熊に接近し、グラム クロスを思いきり振り下ろす。
しかし剣術の方はいまだ訓練らしい訓練をしていないので我流だ。剣を装備して、そして振り下ろして、そこで初めて気付くことができた。それは斬るという行為が非常に難しいということ。単純で基本的な動作のように感じるけれど、これが意外にも思うようにいかない。
案の定、大熊の脂肪たっぷりの太い脚を上手く斬ることができない。漫画やアニメ、時代劇のようにズバッと何かを斬るのはまるで夢物語だと思ってしまうほどに難しい。いや無理だと断言していいだろう。
「いや、あのシノビの人達すげーわ。よくあんなに上手く使えるなぁ。」
俺の視線の先ではシノビたちが荒ぶるように長剣、短剣問わず攻撃を繰り出している。連携の面で彼らの邪魔をしてはいけない。
俺はお荷物化していたグラム クロスをアイテムボックスへと戻した。
昨日、いや違う。今日の昼から夕方にかけてシオリから教えてもらった魔法を試す良い機会だ。
ふと見るとシオリは誰よりも速く、そして誰よりも強く大熊に対して攻勢をかけている。短剣に雷光を纏わせ、次々に大熊に裂傷を加えている。
大熊は案の定、シオリに狙いを定めた。彼女がこの場で最も優れた能力を持っていると理解したらしい。
好都合だ。俺は想像を巡らす。火、つまり熱。熱い、暑い。グツグツと煮えたぎる鍋。美味そう•••••••••いや違う、そうじゃない。俺は首をブンブンと横に振り、想像したものを消し去る。
「火、マグマ•••赤い。広がる。」
地中から赤黒いマグマが吹き出し、広がり始める。
そんな想像を巡らし、体内の魔力を吐き出すように俺は力を込める。意味のある行動か?そんなものは知らない。ただこんな感じという漠然とした感覚でやっているだけ。
念力と魔力が混ざり合い、魔法が生まれる••••••••
「行くぞ、フレイム!!!」
突き出した右手から炎塊が放出され、大熊の右脚へと直撃した。
燃え上がった右脚を見て、俺は満足そうな笑みを浮かべる。思っていた以上に凄まじい火力。魔力はたいしたことなかったし、念力が優れているのかもしれない。俺は少し自分の想像力に自信を持った。
俺のフレイムを見ていたシオリが感心したように大きく頷く。
「凄い、もうあんな威力のフレイムを撃てるなんて。やっぱり才能あるようね。まあ本人は気付いてないみたいだけど。」
シオリは好機と見るや、他のシノビ達に指示を出す。
「今が攻め時よ。一斉にかかりなさい!」
その声と同時に漆黒の集団が大熊の喉元に手裏剣を雨を降らすごとく投げ込んだ。
タイミングを見計らい、シオリは大熊の目に短剣を突き刺す。苦悶に満ちた呻き声を上げながらジタバタと暴れ回る熊さんに向けて、俺は再度右手を向ける。
魔法を撃とうとした瞬間に何か仄かに暖かな光が俺を包んだ。力が湯水のように溢れ出てくる感じ。
「これは•••••••••」
背後を振り返るとセラが俺に付加魔法を掛けていた。
「一定時間、僅かだけど魔力を上昇させる付加魔法、アライズ。コウ、私にはこれくらいしかできないけど、頑張って。」
「いいや、十分過ぎるよ!はあああ、よし、いっけぇ!!!フレイム!!!」
炎塊が渦を巻きながら吹き出し、腹の奥を叩くような低音を響かせながら大熊の胴体に真正面から直撃した。
火炙りのような形になり、燃え盛る。
まるで大規模なキャンプファイアー。周りを囲んでフォークダンスでも踊ってみたら雰囲気が出るかもしれない。学生の頃にはそういう経験さえなかったけどね。
黒こげになった大熊はやがて動かなくなり、弾けるように消失した。まあたぶん今のでステータスが上昇したのだろうが、一切確認しない。気になりさえしない。
切り替えて次へ。
シオリは全体に聞こえるように叫ぶ。
「よし、次に行くわよ!」
「シオリ、一ついいか?」
「何?」
「魔物使役者本人を倒せば、今みたいなモンスターを順々に倒していかなくてもいいんだよな?」
「ええ、それはそうだけど••••••この暗闇の中で隠密魔法を使用してるであろう魔物使役者を探し出すのは私たちシノビでさえ骨が折れるわ。」
「シノビの皆さんでも難しいなんて••••••」
セラも驚きを隠せない。時間が掛かってしまえば今のようなモンスターが里まで接近してしまう危険性も高くなる。シノビたちはここを離れるわけにはいかないのだ。
ならば••••••
「俺が探し出すよ。」
「え、あんたが?」
「ああ、任せとけ。」
「待って。コウ、あんた隠密魔法で潜んでいる相手を探し出す算段あるの?」
「そこはなんとかする。今から考えてな。」
「無理よ。そんなことしてたら夜が明けてしまうわ。」
それならば、いち戦力としてモンスターの阻止に力を貸して欲しいとシオリは考えている。というよりもそれが最善の方法だ。
俺もそれは分かっている。
「三十分だ。」
「え?」
「三十分で見つからなかったらこちらに戻ってモンスターを倒すのに全力を捧げる。それでいいだろう。」
妥協案を提示した俺の目をシオリはじっと見つめる。
「拒否したって行くんでしょ、どうせ。ふぅ、まあいいわ。三十分よ•••三十分で帰ってきて。」
「いいね。さすがはシノビの首長だ。」
俺はセラの方に視線を向けた。
「セラはシノビの人達のサポートを頼んだ。」
「うん、わかった。コウ、気を付けてね。」
「おう、了解。」
なんか俺、戦地に向かう英雄みたいじゃね?どっちかっていうと戦地はこっちの方だと思うけど。
決して逃げるわけじゃないからな。探そうと本気で思ってるだけだからな、俺は。
心の中で誰かに言い訳しながら、俺は森の奥へと進んでいく。何にも見えない。光玉の魔法は使えないし、使えたとしても使わない。敵に自分の居場所をバラすだけだ。
どうする。どこにいる。隠密魔法については本で読んで理解はしている。こんな最前線に送り込まれる魔物使役者が使用する魔法なのだから目視で認識できるレベルの魔法ではないだろう。肉眼で探し回ってもシオリの言う通り、意味を為さない。
俺は立ち止まり、近場の木に軽い身のこなしで上る。夜風が頬を撫でる。月明かりが木々の緑葉の間から薄い光を届ける。今の状況とは正反対の静かな夜だ。
俺は目を閉じた。第六感なんてものを信じたことはないが、この世界なら信じてもいいだろう。
見るのではなく、感じること。気配を。
想像するのだ。暗闇の中の光を。
しばらくして俺は行動を開始した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ほう、ビッグベアが倒されたか••••••やるな、シノビの奴ら。」
茂みの陰に身を潜め、隠密魔法で視認できない状態にしている。
ヒエラポリスの国家魔物使役者としてシノビの里を滅ぼすのが彼の目的。
どういう理由でかはよく分からない。というよりも忘れた。
ただシノビを殺す、シノビの里を滅ぼす、それだけを目的に自らを律し、鍛え上げてきた。
これはヒエラポリスの国家教育がもたらした敵対感情である。何が何でもシノビとは相容れないという意思表明でもある。それはシノビ側にも届いている。
彼のような人間がヒエラポリスには大勢いるということを。
彼は自らが使役したモンスターが倒されても余裕な表情を見せていた。
実際にまだ使役しているモンスターは何匹もおり、現在進行形で里の方へと向かっているのだ。
ミノタウロスやキングコング、レッドゴブリンなど多種多様なモンスターだ。そう簡単に倒すことはできないであろう。
里が崩壊する様を想像して彼は不敵な笑みを浮かべた。ふと前方に視線をやると突然顔面に強烈な痛みを感じた。思いきり顔面を蹴られたのだ。
「ごふぉ••••••••な、何だぁ!!!」
「みっけぇぇぇ!!よっしゃ、一人目だ!!」
「な、何者だ?シノビか?」
鼻血を吹き出し、尻餅をつく彼ははたから見れば無様な姿を晒している。
そんな国家魔物使役者である彼の前に現れたのは青年。容姿は平凡だが、表情が普通じゃない。悪魔のような笑みを浮かべている。
「とりあえずシノビじゃあないんで。そんじゃ、バイバイ!」
見よう見まねの行動で青年は手刀を繰り出し、敵の延髄へと叩き込んだ。
敵は気絶した。
「なんとか一人目を見つけられたな。」
青年の正体は鷲宮 康。元地球人で、今はアトランティス人だ。
シノビじゃないけどシノビ側だ。
どのようにして隠密魔法を打ち破ったのか?
端的に言えば、第六感。気配を全身で感じ取った。仄かな熱の塊が存在するのを知覚したのだ。
我ながら上手くいったと思う。
俺は瞬時に次の気配へと移動する。一人目の時は自分の感覚に不安を抱きながらの攻撃だったが、今度はさっきよりも自信を持って狙える。
殺さないように肉弾戦に持ち込むのが基本。まあその前に手刀で気絶させるんだけど。
二人目も同じように、三人目は苦戦しつつもなんとか倒した。四人目、五人目はスムーズに。慣れればそんなに難しくない。相手は魔法特化。突如として現れた接近戦相手にはほとんど素人みたいな対応しか出来ないのだ。
気付けば五人の魔物使役者と見られる男達を気絶に追い込んでいた。
俺は額の汗を拭いながらもアイテムボックスに備え付けてある時計を確認する。(アイテムボックスにはデジタル時計が組み込まれているのだ。俺も昨日気づいたのだけれど)
示されていた時間は俺がシオリ達のもとを出てからちょうど三十分経っていた。
「やっべ、戻らないと。」
ヒエラポリスから送り込まれた魔物使役者が一体何人いるのかは定かではないので、ここで引きたくはないが、仕方ない。シオリとの約束を反故にするわけにはいかない。
俺は速やかにシオリ達がモンスターを足止めしている地点まで引き返した。
木々は薙ぎ倒され、地面はぼこぼこに荒れ放題。モンスターが大暴れした結果なのが一目瞭然の惨状だ。しかし当のモンスターの姿は一切ない。
シノビ達はその荒れた土地から少し引いた場所で待機していた。
「あ、コウ!!無事だったんだね!!」
真っ先に近づいてきたのはセラだった。かなり心配していたらしく、安堵した表情がなんとも大袈裟だ。まあ可愛いけども。
「セラ、モンスターは?」
「私たちが相手をしている最中に、突然消えたの。相次いでね。たぶんコウが術者を倒したからだと思うんだけど。」
「残ってるモンスターはもういないのか?」
「おそらくね。この辺にはもういないわね。」
森の奥深くに視線を向けて、こちらの方へと歩いてきたのはシオリ。
「シオリ、無事だったんだな。」
やはりどんな実力者にだってある程度の心配はする。俺よりもずっと強い者でもそれは変わらない。
ただシオリは俺の言葉を返すように強く言い放つ。
「それはこっちのセリフよ。ふう••••••三十六分。六分オーバーよ。これは明日からの訓練、厳しくしないといけないようね。」
細か!確かに四捨五入したら四十分になっちゃうけど。出来れば大目にみてもらいたい部分だ。
「え、ちょっと待ってくれよ。明日からやるの?せめて一日休みとか•••••••••」
俺は恐る恐る提案してみる。ダメ元で。
「そんなのあるわけないでしょ。」
シオリは俺の願望を一刀両断した。
「は、はあ••••••」
生気がそのまま出て行ってしまうのではないかと思うほどに不幸の詰まった溜息を吐く。
俺の気持ちも考えて欲しいものだ。
一人で術者を倒して、戻ってきた英雄として迎えて欲しい。いやそこまでの贅沢は言わない。せめて明日一日はゆっくり体を休めてと、それだけ言っていただきたい。
「おいおい、シオリ。そりゃあ厳しすぎねぇか?明日くらい休ませてやれよ。」
髭面で齢はおそらく五十を超えているであろうイルサックがシオリをたしなめる。こいつのおかげで、とかこいつがいなかったら、とか俺のフォローをしてくれている。イルサックは見た目は恐いが、非常に優しいことが分かった。
ゴゴゴゴゴゴ。何やら不気味な地鳴りが響く。
嫌な予感がする。的中して欲しくない予感だが、不思議と当たってしまう気がする。
シオリは鋭い目つきで周囲を見回す。緊張感がその場を支配する。
「イルサックの言う通り、明日は休みにした方がいいみたいね。しかも、この場にいる全員を。」
「ああ、まあ無事に帰れたらの話だが。」
イルサックは短剣を両手に装備して、戦闘態勢を取る。
仕留め損ねた術者がモンスターを呼び寄せたのか。ただ今までとは規模が根本的に違う。
「来るぞ••••••」
イルサックの呟きと同時にシノビ全員が身構える。
ビッグベアでもなく、キングコングでもない。比較するのも馬鹿馬鹿しくなるくらいの圧倒的な差。
俺たちの目の前に現れたのはドラゴン。
地を這う巨龍。
それはおとぎ話、人間が考え出した空想上の存在。少なくとも俺の認識ではそうだ。
そこまで考えてから俺は思わず吹き出してしまう。
何が認識だ。今、この世界に立っていること自体があり得ない話じゃないか。今さら何が起こったって、何が現れたって不思議じゃない。
「地龍、だと?」
イルサックは愕然とした表情で一歩ずつ後ずさりした。他のシノビ達も同じような反応をしている。こればかりは仕方ないだろう。誰だってそうなる。だってデカすぎるし。
「今回の敵襲は本気で里を潰しに来てるみたいね。」
シオリも予想を遥かに超えた敵の姿に圧倒されているようだ。ただ部下の反応と比べれば動揺は少ないように見える。
ウガァァァァァァァゴォォォォォォ!!!!!
轟く咆哮はズドンと体の芯を揺らす錯覚に陥るほどの衝撃を人間に与える。
「魔物使役者なんて生温いレベルじゃない。龍召喚の魔方陣を完成させたのか?そんな馬鹿な。どうやって••••••」
なんとか平静を保ちながらも呟かれたイルサックの言葉は誰の耳にも届かないくらい小さいものだった。
この時、シノビの里の崩壊を想像してしまったのは俺だけではなかったろう。
先程まで感じていた夜の冷たい空気が気にならなくなっていた。
うん、気にしてる暇ないよね。