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マネーの俺  作者: 佐藤 正夢
ヒエラポリス編
11/18

訓練はきついもの。

俺は今、走っている。

ぜえぜえと荒い息遣いで巨木の上をひたすら足音煩く駆け回っている。


それは何故か。


この世界に適応できる基礎能力が不足しているからだ。詳細に言うと、この世界で襲われてもある程度のレベルの敵なら難なく倒せたりするくらいの能力がまるで無いのだ、俺には。例の異能、アルジャン ロワを抜きにしてだ。


身体的技術。魔法。


それぞれについてシノビの首長であるシオリに相談した。すると軽い口調で、じゃあ訓練しようかという話になった。


そして今、その最も根本である基礎体力をつけるために走っているのだ。いわゆるランニングである。あんまり前世と変わらない体力作りの方法だと薄々思っていたが、走るのは確かに基本だ。大事だ。


ただ一日やっただけで効果なんて出ない。少なくとも前世ならそうだった。


しかしここは地球ではない。ということは日本でもない。


現世には魔法、があるのだ。


シオリが俺に魔法を掛けてくれた。練習効率が飛躍的に上昇するという魔法。

その名もアガルンデス。こんな一見すると便利すぎるように思える魔法もこの世界では一般的なものらしい。

個人差もあるため、一日で効果を実感できない人も中にはいるようだが、もちろんその逆も多いようだ。


シノビの里を上から下、そして往復するように下から上へと戻り、ゴール地点であるシオリの家に到着した。


「お疲れ!はい、これ。」


「ああ、ありがとう。•••••••••くぅ〜、美味いなぁ。」


セラが渡してくれたのは飲料水。ただの水なのに世界で一番美味い飲み物なのではないかと思うくらい俺の心に多幸感が広がった。


「次は何すればいいんすか?」


「そうだね••••••そろそろ始める方がいいかもね。」

そう言うとシオリは短剣を地面に置いた。


「それを取って、私に一撃当ててみて。」


何やら物騒な訓練だが、まあ言う通りにしてみよう。

一撃当てればいい。それならば簡単なのでは?と正直思っていたが、それは大きな誤りであったことを実感させられた。


短剣を握り締め、シオリへと攻勢をかけた結果、一度たりともかすりもしない。


「はぁ、はぁ、全然当たらない••••••」


「結構難しいでしょ?」


「難しい、というか無理な気が••••••」


「今日一日で出来るなんてことはないからね。私もシノビの首長として本気でやってるんだから。」


うわぁ、本気だ。指導される側よりも指導する側の方がやる気に満ち溢れている気がする。俺も覚悟を決めよう。この世界で生きていくにはある程度の能力は必要だ。シノビの首長に教えてもらえる機会なんてそうそうないだろうし、今は全力で訓練に励もう。


「よし、もういっちょお願いします。」

俺は決意を新たにシオリに頼み込んだ。

そんな様子を見てシオリはニヤリと笑う。

「やる気が出てきたみたいね。」


「やるしかないですからね。」


シオリは優しく微笑み、それからも変わらず厳しい訓練をつけてくれた。

俺はそれについていけるだけついていく。ただ現世の人間ではあり得ない動きに翻弄され、全く成果をあげられない。


そうして俺の訓練一日目は何も出来ないまま、終わりを告げた。

セラはリンと遊びに徹した一日だったらしく、見ているだけで二人共楽しそうだった。


夜は何も食べずにそのまま熟睡。

朝から空腹で目を覚ます。

何かの苦行かと思うような日々が始まった。


二日目。まず同じようにランニングから。


やはり疲れる。

ただ目に見えて体力が向上しているのが自分でも理解できた。あのアガルンデス、とかいう魔法のおかげだろう。名前はどうかと思うが、効果は素晴らしいものがあるようだ。


「よし、じゃあ今日も始めるよ。」

シオリはそう言うと短剣を地面に置いた。

俺はそれを拾い、深く呼吸をする。


あまり深く考えない。雑念を吹き飛ばし、シオリに迫る。案の定、攻撃は一度も当たらない。体力面の進歩は一日で感じられたが、こっちはそうもいかないらしい。


二日目は何事もなく終了した。


そんな感じで五日の時が過ぎていく••••••



「くそ、おっしい!!!」

俺の攻撃がシオリの右肩を掠めた、気がした。

五日目の俺はもうそこまでの動きを出来るようになっていた。これもシオリが毎日毎日掛けてくれたアガルンデスの効果なのだろうか。


「いや、惜しくないわ。」


シオリはそう言って、自らの右肩を抑えた。抑えた左手の下から赤い鮮血が垂れている。それは俺の攻撃が命中した証であった。



「お、大丈夫?」


「心配無用よ。」

シオリは傷口を抑えた右手に魔力を込める。淡い水の色が傷口を包み込んだ後、すぐに治癒された。


「うわ、今のは治癒魔法?」


「ええ、私何でもできるの。」

少し誇らしげな様子でシオリは胸を張った。

「いやホントに何でもできるんだなぁ。」

俺は感心しきり。そして気付けば数日でシオリに対する敬語が取れていた。無意識だったが、それくらい俺とシオリの距離が縮まっていた。女性と普通に話せるようになった自分は想像できなかったので現在の自分に少しほっとした感じがある。


これが正常なる人間の姿なのだと。


短剣を腰に納めながらシオリは賞賛の拍手をした。

「それにしても五日目で私に一撃当てるなんて••••••たいしたものだわ。」


「自分でもビックリだよ、一日目はあんなに酷かったのに。」

補助魔法を計算に入れた上でも予想外の成長速度だった。この世界でやっていくための秘めたる身体能力を持っていたのかもしれない。これはやはり神様に感謝だ。


「動きに無駄がないし、うん、良かったと思う。次の段階に進もう。」


「次の段階?」


「そう。魔法の基礎を教えるわ。」


シノビは元来魔法は使えない者がほとんどだ。使えても本当に基礎の魔法しか学んでいない。それは忍術という古来の伝統的な術式が未だにゆうせんされているからだ。しかしシノビの首長であるシオリは異なる。他の者とは違い、忍術と同じように魔法の理も理解している。魔道士としても一級品なのだ。


俺が手ぬぐいで汗を拭いていると突然シオリはそっと地面に手を置いた。撫でるように優しく。

地面というか、巨木の枝に亀裂が入る。

「え、え、ちょっと!」


その揺れは立っていられないくらいのもので、俺は思わずしゃがみこむ。巨大な樹木の上に作られたシノビの里が崩壊してしまうと思ったが、それは杞憂だった。


揺れが収束する。何もしなくても枝に入った亀裂は何事もなかったかのように無くなり、元どおりの枝が再生される。


「まあ今のは一つの見本だけど••••••これが魔法ね。」


「その前に聞きたいんだけど、この木•••普通じゃないよね?」

俺は亀裂が消えた樹木に触れてみた。脈々と流れる生命力が手の平から伝わる。漠然とした感覚ではあるが、はっきりと捉えることができた。


「自然治癒力よ。いにしえの時代から遺る書物に記録されてるわ。折れた枝は再生し、時を巻き戻したように元通りになったってね。まあ原理は未だにわかってないんだけど。」


シノビの里をこの巨大な樹木の上に築き上げたのは解明されずにいる不思議な力のためだろうか。



ふと気付けばシオリはボロボロに朽ち果てた樫の杖を手にしていた。


「••••••じゃあさっそく始めるわ。まずは基本を教えないとね。」


「うん、よろしく。」


「コウは一つも魔法は使えないのよね?」


「あ、ああ。使えないよ。」

魔法というか世界でも類を見ない異能は使えるけど。まあ魔法ではない、そういうことにしよう。そうすれば嘘をついたわけではなくなる。


「そう、じゃあまずはこの杖を手に取って。」

シオリが差し出した杖を受け取ると、何やら生気が吸い取られるような感覚に陥った。

やけに身体が重く、だるい。


「今、急に身体の調子がおかしくなったでしょ?」


「••••••お、おう、何これ?」


「その吸い取られてる力が魔力よ。」

そう言うとシオリは俺から杖を取り上げた。その瞬間、スッと身体が楽になった。

「魔力を感じるにはコツがいるの。感覚的なものだからね。だからちょっと無理やりだったけど、この方法を取ったのよ。この杖は持ち主の魔力を凄まじい速さで吸い取る悪魔の杖。だから使い道はほとんど無いわ。」


使い道が強引に示されてる気がする。手の平がヒリヒリするのは俺の気のせいだろうか、針で何度も肌を刺されているような感覚だ。まあでもおかげで魔力というものを漠然と理解することができた。


「よし、これで魔法の基本は体で理解できたと思うわ。次は念を込める作業ね。」


「念?」


「念力とも言うんだけどね。魔法というのは想像したものを具現させる力。だから例えば火を頭でイメージする•••••••••そしてそれを具現する!」

シオリの手の平から燃えるように赤い粒子が舞い踊る。

「フレイム!!!」

サッカーボールほどの大きさの炎の塊が前方へと飛び出した。


「おおお、すげぇ。」


「念力と魔力。二つの力があれば誰でも魔法を使えるわ。魔力は天性の才能で人によって量は決まってるけど、念力は鍛えれば伸びるから、これを伸ばそうとする人が多いわ。」


「ほう••••••なんか難しそうだけど、まあいいか。それでどんな魔法を教えてくれるんだ?」

 俺は早く魔法が使いたくてうずうずしていた。

「そうね••••••まずは熱魔法のフレイム、水魔法のウォーター、風魔法のウィンド、土魔法のクエイク、雷魔法のサンダー。この五元素の基本魔法を教えるわ。•••••••••二日で。」


「五種類かあ••••••ん?て、二日で!?」


「そう、二日で。」


「いやいや無理無理。どうやったってそれは不可能じゃ•••••••••」


「やる前からそんなでどうすんの。五日で私に一撃当てた男の言うことじゃないよ。」


 この人あれだ。思ったよりも根性!とか感情を優先するタイプなのかもしれない。いやそれが間違ってると思っているわけではないのだけど•••••••••ただあまりそういう熱量に体も心も慣れていないのだ。


「わかった、わかったよ。やってみるよ。ただ出来るかどうかは分からないからな?」


「いや出来る。私が保証する。」


それから二時間•••まさかの座禅。集中力を高めろとそう言われるだけ。シオリがやらせることだ、何かしらの意味がしっかりとあるのだろう。俺は雑念を頭から吹き飛ばし、無心で集中を高める。

眠気が襲えば、すぐに肩を何やら硬い長板でぶたれる。

痛い。涙出る。


はい、終わりと言われた時には座禅を始めてから五時間も経っていた。

 

 体を動かしていないのにこんなにも疲労を感じたのは初めてだ。ふと上空を見上げるともう日が暮れ始めており、薄っすらと星空が視認できた。その瞬間にタイミング良くなのか悪くなのか、腹の虫がグーグーと鳴き喚いた。


「ふぅ、そうね•••時間を考えても今日はそろそろ終わりね。じゃあ最後に火をイメージしてみて。」


「火を?どんな感じで?」


「それも人それぞれ。それが念力よ。」


なるほど。妄想が得意な方が優れた魔法が使えると、そういうことだな。拡大解釈かもしれないが。


俺は言われた通りに火をイメージした。


「よし•••••••••フレイム!」


•••••••••••••••••••••••••••••••

ボシュ。


ビー玉ほどの大きさの火の玉がゆっくりと前方を漂う。うん、なんとも虚しい、そして儚い光景だった。たとえ当たっても火傷すらしないであろう。俺は自分の才能の無さに思わず失笑してしまった。



「ま、まあ最初は誰でもそんなもんよ。練習すれば質は上げられるから。」

 

  追い打ちをかけるようにシオリは俺を気遣う。やっぱり俺の試技は酷かったようだ。


  まあ頑張るしかない、よね。



  すっかり夜空が世界を彩り始めた時間帯。

  セラはこの数日でシノビの里の民たちと親交を深めたらしく、いろいろな食物や装飾品を分け与えてもらったと楽しげに語っていた。

  セラには才能があるようだ、俺が前世には無かった才能が。


  

  もう枕にも慣れたシオリ宅の一室でベッドに寝転がりながら五元素についてそれぞれ想像してみたが、土はぼんやりとしかイメージできなかった。

  これはかなり練習しないと基礎の魔法でさえ扱うのは困難だろう。

  明日からは今日以上に集中力を高めないといけないようだ。


  俺は久し振りにステータスを見ようと思って、ステータス解放と囁いた。

  

  視界に俺しか見ることのできない様々な数値が浮かび上がる。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 鷲宮 康


 性別 男


 HP 500/500

 MP 200/200

 状態 正常


 魔力 150

 筋力 400

 防御 300

 敏捷 1000

 知能 2000


 固有魔法

 アルジャン ロワ

 メモリー オブ キング



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


うん、いやなんか知能の伸びが凄い。たぶんメモリー オブ キングの能力のおかげだろう。

このステータスについてシオリに聞いてみたのだが、気にするなとのこと。ステータスなんてものはただの数値。病気の時に調べるくらいで自分から見るべきものではないとのことだ。ステータスを小刻みに見ていると成長を阻害し、偽りの満足感を得てしまうらしい。


なるほどと思った。なんかよくわかる、気がする。

俺はそこで誓った。ステータスは見ないようにしようと。

まあ逐一確認していたわけじゃないんだけどね。今ので二度目なんだから。


俺は信じられないくらいの眠気を感じたので、そのまま目を瞑り、眠りについた。

  何事もなく朝を迎えると思いきや、いきなり凄まじい爆音が轟いたため、俺はベッドから跳び起きた。

「な、何だ!?」


  カーテンを乱雑に開けて、窓の外を見やる。始めは焦点が合わなかったが、徐々に視界は鮮明になってきた。月明かりの中で薄い靄のような白煙が上空へと漂っている。


「何だあれ?すげー近いな。」


 隣の部屋の扉が開くと同時に慌ただしい足音が聞こえてくる。こうしちゃいられないと俺も支度を済ましてから部屋を出た。シオリは初めて会った時と同じ黒服を纏っていた。セラも同じ服を借りたらしく、黒服に着替えている。そしてそこで俺は初めて気付いた。


左胸辺りに臙脂色の手裏剣型の文様が付けられていた。それが里に入る前に見えた文様と同じで納得した。これはシノビの象徴、まあ日本の国旗みたいなものだろう。


何故だか俺は貸してもらえなかったが、着たとしても似合わないだろうから、進んで着たいとは思わなかった。


「何があったんだ?」


「敵襲ね。おそらくヒエラポリスからの刺客よ。まあ珍しいことではないわ。」


「ヒエラポリス••••••エーテルランド帝国の属国の一つ。」


「ええ、そして邪龍の鉤爪の本拠地でもある••••••」


セラは一瞬で顔色を変えた。俺にとっても初耳だった。とりあえずヒエラポリスが目指すべき場所になる。


「クロネ、リンを頼むわ。」


あんなに大きな爆音であったにもかかわらず、起きないでぐっすりと眠っているリンの部屋の前でひっそりと佇んでいたクロネは深く頭を下げた。

「はい••••••お任せください。」


「じゃあ行くわよ。見張りの部隊はもう戦闘を始めているだろうから。」


俺とセラ、そしてシオリの三人は家を出ようと扉を開けた。すると数十人の一団が片膝を立てて待機している光景が目に飛び込んできた。

俺とセラは案の定というべきか、驚きの表情を見せたが、シオリはさも当たり前のようにその一団を見据える。


「敵について見張りの者から念波は来たか?」


「は!やはりヒエラポリスの国防軍とのことです。魔物使役の魔法を使用する特殊な部隊らしく、人間よりも多くの魔物がこちらに向かってきている模様です。」


「そう、わかったわ。あなたたちは至急見張りの部隊と合流しなさい。そして奴らを血祭りにあげなさい。シノビの誇りにかけて!」


「はっっ!!!」

一斉に返事をしたシノビたちの目には敵を倒すという強い意思が感じられた。

彼らの士気はこれ以上ないくらいに上がっている。やはり首長からの言葉というのは心に強く響くらしい。

まあ心に響くということはシオリが優秀なトップであるという証でもある。


シノビたちは飛び出していく。彼らの移動速度がそんなに速く感じなくなっていたことに俺は僅かな自信を持った。

この自信が俺の第一歩となる気がした。


「よし、ならば私たちも行こう。」


「はいよ!」


「精一杯ついていきます!」


俺たち三人は樹木の頂上から飛び降り、凄まじい速さで駆け出した。


その時、一つショックというか意外だったことがある。



セラって結構•••足速いのね。










  










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