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マネーの俺  作者: 佐藤 正夢
始まり編
1/18

お金が無けりゃ人生じゃないじゃん!

金が欲しい。金が欲しい。金が欲しい。

荒んだ欲求を自覚しながらも俺はそれを悪いとは思わなかった。単純な話、金が無けりゃ生きていけないからだ。

俺はボロアパートの一室で郵便受けに入っていた何だかよくわからない時計のカタログを見ながら金を持つ自分を想像していた。ウン十万、ウン百万、またはそれ以上。しかしすぐに虚しくなって、大きな溜息をつく。これが毎日の繰り返しだ。虚しくなるついでとばかりに自分の腹の虫がエネルギーをくれと叫んでいる。


「ふぅ、飯にすっか。」

よっこらせっと老人のように立ち上がり、冷蔵庫を開けるが、中は空っぽ。あるとしたらマヨネーズと牛乳ぐらい。本当に質素で貧乏を体現した冷蔵庫だ。お前と俺は同じだな、親近感湧くわ。なんて馬鹿げたことを思った。


そうだ、インスタントラーメンは、と思って確認するが、何もない。カップラーメンも冷凍食品も何もない。またも大きな溜息をつく。幸せが逃げていくというが、幸せ自体訪れる予感すらない。


どうしようかと少し悩んだが、飯は食わないといずれ死んでしまうため、近くのコンビニへと出掛けた。玄関を出ると外は雪化粧していた。

季節は冬。北海道の冬は絶望的に寒い。そりゃあそうだ。なんたって上にはすぐロシアがあるんだから。そう、ロシアって寒いイメージあるもん。

コートを羽織っただけで手袋なしは少しきつい。手が悴む。吐き出す白い息で煙草ごっこした幼少の思い出に何故だか泣きそうになる。


凍りついた地面に気をつけながら少しだけ小走りでコンビニへと向かう。途中で三度転びかけたが、俺のバランス感覚はすごい。全てギリギリのところで転ばず、通行人の失笑を貰わないで済んだ。


自動ドアを潜るとコンビニの女性店員がにこやかにいらっしゃいませと頭を下げた。可愛い。いつも思うけど、やっぱこの子可愛い。決して店員の子が目当てでこのコンビニに通っているわけではない。俺は彼女の名前も知らないし、歳も知らない。俺がここに来るのはただ単純にここが一番近いからというだけだ。まあ店員が可愛い方がテンションが上がるのは認めるが。


店内の暖かさにほっとしつつ、俺は冷たくなった財布を確認した。千円と百五十五円。弁当も買えるし、食料で買えないものはないほどの金額。俺の中では持ってる方だ。


売り場で少し悩みながらも俺はおにぎりとペットボトルのお茶を手に取った。贅沢なものを買う勇気は俺にはなかった。レジへ持っていくと可愛い店員がこれまたにこやかに言う。

「おにぎりあたためますか?」

「•••••あ、はい。お願いします。」

電気代節約にもなるし、温かい方が美味いし、それに可愛い店員を少しでも見ていたいし。最後の理由は不埒ではあったが、それくらいの楽しみが無ければ、人生やっていられない。神様、許してね。


コンビニ付属のレンジの音だけが聞こえていた店内に自動ドアの開く音が加わる。俺は見向きもせずに目の前の可愛い店員を三秒に一回のペースで見ていたが、突如として彼女の顔がさっと青ざめた。その異変を確認してからパッと後ろを振り向くと黒服で変な文様の仮面を被った男がこちらに歩いてきた。奇抜なファッションだなとしか思わなかった感想は男が手にしていた物騒なもので一変する。拳銃だ。拳銃を今、俺に突きつけている。何も言わずに銃口を俺に。

「え?な、なに?」

俺は理解が出来なかった。玩具かなという楽観的な考えは全く浮かばない。何が起こっているのか、現状を把握するにはあと数時間は必要だと思った。いや、理解したくなかったのかもしれない。それほど絶望を感じていたのかもしれない。

時間よ止まれ、と何度念じたか分からない。でも止まるわけもなく、俺はただ震えていた。もう女子店員の様子を伺うことすらできない。死への恐怖がそこまで迫っていた。


うんともすんとも言わない男は引き金に手をかける。撃たれると思った時にはもう男は発砲していた。バァンと凄まじい音が鳴る。



俺は死んだ。うん。死んだ。俺は頭を撃たれたようだ。即死というやつだと思う、たぶん。




今俺は真っ暗な視界を認識している。俺という存在はまだ消えていないのだと思う。死んだ瞬間というのはこういう感じなのか。生きている時には誰にも教えてもらえない世界がそこにはあった。まあ厳密に言うと何にもないんだけど。これから三途の川が見えてくるのかなと軽い感じで俺はじっと待った。というより待つしか選択肢がないんだけど。


しばらくすると一筋の白い光が暗闇に浮かび上がってきた。ようやく来たみたいだ。やっぱ忙しいのかな、神様も。

一筋の光は徐々に広がりを見せ、眩しいくらいに輝きを放った。同時に薄っすらと声が聞こえた。綺麗で透き通った声だ。


ーーあなた、の、名前は?


「鷲宮 こう。」

俺は自然と答えを返していた。

輝きはより一層と強くなり、何かの姿を形作っていく。徐々に。徐々に。


はっきりと見えてきた光の正体は銀髪の女性だった。誰?と思いきり叫びたかったが、口や声という概念が今の俺には無いようで、何の音も発しない。そういえばさっき名前言った時も声出てなかったような•••

「今、誰って思ったでしょ?ねぇ、今聞こえたんだからね!」

あれ?俺の声、いや心の声が聞こえるのか?

「そうよ、あんたの心声がバンバン聞こえるわよ。」

神様はもっと冷静であってほしいという願望が芽生える。俺がイメージしてた感じと少し違う。まあ現実なんてそんなもん。


「あたしはね、一応神様なのよ。敬意を表しなさい。わかったわね。」

「一応なのか?」

「ま、まあ、神様で一番下だってことは認めるわ。でも神様は神様。敬意を表しなさいよ。」

正直な人だなと思ったが、そもそも人じゃないのかと思い直す。うん、正直な神だな。


「あ、はい。分かりました。神様。」

俺は心で頭を下げる。もしも身体があれば、土下座する勢いで頭を下げている、そんな感じだ。


「良い心掛けね。あなたの転生を少しだけ優遇してあげる。」

「転生?」

「そうよ、あなたはこれから異世界へと転生するの。」

「何で?」

「何でって•••そりゃあ、あなたが死んだからよ。」


ああ、そうか。俺死んだんだ、やっぱり。

その時の恐怖を少し思い出す。最悪な死に方に溜息をつきたくなる。あと少し気になるのはあのコンビニの店員はどうなったのだろうか?今更気にしても仕方ないが、無事だったらいいなと心から思った。



死んだら転生する。なんか聞いたことはあるけど、生まれ変わった先はまた同じ地球の犬やら猫やら、虫とかじゃないのか。俺の頭に異世界などという文字は存在していなかった。

「絶対転生しなきゃダメですか?」

それは神様にとっては理解できない発言だったようだ。少し困惑した表情を浮かべている。

「あんた、転生したくないの?生まれ変わって新たな人生を歩みたくないの?」

「絶対に人に転生するんですか?」

「ええ、そこは保証するわ。」

神様は胸を張る。ただ俺はそこに魅力を感じない。人間以外になりたいわけじゃない。ただ人間になったとしても、また金に困る人生になるだろうと予測している。

お、神様が困った顔をしている。どうしたのだろうか。

「あんた••••••人間になってもロクなことないしな、みたいなこと考えてるでしょ?」

「お、正解です。よく分かりましたね。」

勘がいいな、この人。じゃないこの神様。


「そういうの含めて人生でしょうが!乗り越えなさいよ、頑張って!」

「いやいや、俺そこまで頑張りたくないんですよ。」

「くぅ〜、なんて怠惰な奴なの?久しいわ、ここまでダメな奴。」

「ダメ人間としてなら一流ですよ。」

次は俺が胸を張る番。

「褒めてないわよ!」

頬を少しだけ膨らませて、俺を睨みつけてくる。神様にこんなこと思ったら不敬かもしれないけど••••••可愛いな。


まあ異世界が気にならないかと言えば嘘になるし、もう一回だけ人生やってみてもいいかもしれない。楽ではないだろうけど。

俺は心で大きく息を吐いた。

「分かりました。頑張りますよ。異世界で。」

「ふぅ、それでよろしい。最初からそう言えばいいのよ。それじゃあ、ちょっと待ってね。」

そう言うと神様は目を瞑り、手を絡ませて祈るようなポーズを取る。すると薄く光を放つ玉が数個出現した。


「これは?」

「これはあなたの次の人生をサポートしてくれる特別な能力を秘めた玉。ここから一個選んで。あなたにしか使えない能力だから、慎重に選んでほうがいいわよ。」

それは重要な感じがする。よし、なんかよくわからないけどじっくりと選んでいこう。

俺はすぐ近くにあった光玉にじっと意識を向ける。すると何か文字が浮かび上がってきた。




ーー魔力を使わずに魔法を使える能力ーー


そう書かれていた。魔力って、魔力?魔法ってあの魔法?そういうファンタジーな世界に行くの、俺?

想像していた世界とは全く違う場所なのは間違いないようだ。不安と期待の気持ちを抑えながら次の光玉に意識を向ける。



ーー空気を料理に変える能力ーー


意味が分からない。もうちょっと説明を加えないとダメでしょう。料理って何?種類は?念じたものが空中にポンと現れる感じなのかな。そうだと面白いな。まあ飯には困らないから結構いい能力なのかもしれない。よし次。



ーー瞬間移動ーー


これはやってみたい。でもこういうものには何か欠点だったり弱点だったりがありそうだ。まず行ったことがある場所しかいけないとか、距離制限もありそうだ。大掛かりな呪文みたいなのもあったりして。想像でしかないけど。うん、これは別にいいかな。じゃあ次。



その途中で神様が話しかけてきた。

「どう?気に入った能力はあった?」

「う〜ん、何だかよくわからん。俺が行く世界ってそもそもどんなところなんだ?」

「そうね、そこは少しだけ話しておいたほうがいいかも。」

「少しだけじゃなく、事細かに話してほしいんだけど。」

「それは面白くないでしょ?生まれ変わってからの楽しみが無くなっちゃうじゃない。」

「はぁ、まぁ。それと気になったんだけど、俺ってどんな姿で生まれ変わるの?まさか赤ちゃんからなんてことは•••」

「赤子からじゃあ、嫌なの?」

「親がいるって時点で生活がほぼほぼ決まっちゃうじゃん。それはちょっとな。」

「む、自分で勝ち取ろうと思いなさいよ!」

「いや、難しいって。親の経済力の影響って大きいからね?」

神様は何度目か分からない溜息をついた。

そろそろ俺の扱いにも疲れてきたみたいだ。

「まぁ、いいわ。安心して。赤子からのスタートじゃないから。たぶん今と同じ年齢でのスタートになるから。」

「お、それはいい。子供すぎると自由が効かないからね。んで、何の話だっけ?」


話が逸れて、何を聞いたのか忘れてしまった。神様も同じ感じだ。


「えっと•••••••次の世界がどんなところか、あなたはそう聞いていた気がする。」

「そうそう。それでどんな世界なの?」

「一言で言えば、魔法が存在する世界。魔法第一主義の世界だから魔法が使えない者は弱者として迫害の対象にあったりする。」


迫害って、なんか重いよ、重い。もうやってく自信無くす。差別反対。


「じゃあやっぱり魔法が使えないと駄目か。ってことは••••」

俺は一つ目に見た光玉が第一の選択肢だと考えた。料理や瞬間移動よりも魔力なしで魔法を使えたほうがいいだろう。

この能力に決めようと俺は神様に話しかけようとしたところ、重大な事実に気がついた。


まだ光玉あった。しかも二つ。



危ない危ない。早とちりしていたようだ。俺は気持ちをリセットして光玉に意識を向けた。じわっと文字が浮かぶ。




ーー魔物の頂点に君臨できる能力ーー


いやどういう能力だよ。てか魔物いんの?魔物ってゴブリンとかオークとか、だよね?

魔物の頂点に君臨••••••いや恐怖しかないでしょ。なってどうするの。なりたい人いるのか、これ。


俺は気を取り直し、最後の光玉を見る。




ーー固体物質をお金に変化させる能力ーー


はい、決定。問答無用で決定。これ、これでしょ。俺はこういうのを求めていた。お金とは人生である。




「決まったよ、神様。」

「お、決まったの?なになに、何にしたの?」

「これで。」

神様は俺が意識を向けた光玉を正確に理解した。

その能力が何なのか確かめると神様はふっと笑顔を見せた。

「ふふふ、あなたらしいわね。一応聞くけど本当にこれでいいの?」

「逆にこれ以外の選択肢は存在しない。」

無骨な男みたいな感じで俺は決意を見せつける。カッコいいね、俺。

「わかったわ。あなたの能力は固体物質をお金に変化させる能力に決定します。」

そう宣言すると神様は先ほどと同じように祈りのポーズをする。

すると俺が選んだ光玉が段々と薄れ、最終的に消失した。


「それじゃあ、新たなる人生を存分に楽しみなさい。」

神様がそう言った瞬間、全体が真っ白になった。何が起こるのかという思考が生まれる前にその新たなる世界が見えてきた。薄っすらと街が見える。川が見える。そして今俺は森にいる••••••


「森に、いる?••••••あれ?いつの間に?」


地球とは異なる空気の匂いがある。意識したことはないが、俺は今匂いを感じている。


俺は周囲をゆっくりと見回した。


聞いたことのない鳥の声が聞こえる。

それは悪魔の囁きか、天使の囁きか。

ひとまず俺はこれからの未来がより良いものになるように願った。



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