遠埜研究学園都市
「すごく立派な車…」
八雲黒羽は迎えが来ると教えられていた場所に着くなり呆然とそう呟いた。
リニア新幹線の駅を出た彼女を待っていたのはリムジンと呼ばれる黒い車と、やはり黒いスーツをキッチリと着込んだ壮年の男性だった。
「八雲黒羽さんですか?」
「は、はい」
「お待ちしておりました。宮之森学園までご案内しますのでどうぞお乗りください」
スーツの男性はそう言うと後ろの扉を黒羽が乗りやすいように丁寧に開けた。
「お、お願いします」
黒羽は緊張と驚きとでまわらない頭からやっとその一言を絞り出す。
彼女が荷物を抱きしめながらぎこちなく乗り込むと、車は電気自動車特有の低いモーター音を発してゆっくりと滑り出していった。
周囲を見回す事ができる程度にまで黒羽が落ち着きを取り戻す頃には、車はすでに市街地を抜けていた。
窓からはのどかな田園風景が広がっているのが見える。
まだ田植えが終わってから間もないのだろう、しっかりと水が張られた水田はキラキラと日の光を反射していた。
「ずいぶんと田舎でしょう」
なんとなく窓の外を眺めていた黒羽に向かいあって座っていたスーツの男性が声をかけてきた。
「そ、そんなことは…その、のどかだし…すごくいいところだと思います」
「いい所ですよ。そしてFFALの御膝元でもあります。これから行く宮之森学園にも最先端の設備がそろってますから八雲さんは何も心配する必要はありませんよ」
「は、はい、ありがとうございます」
黒羽は特に学園に対しての不安は持っていなかったが、わざわざ説明するほどの事ではないと感じたのであたりさわりのない返事をしておいた。
(FFALか…)
中学生の黒羽でも聞いたことがある有名な大企業だ。
(たしか…今世界中に建設中のエネルギープラントの特許を持ってるんだっけ、なんか想像つかないな)
黒羽がぼんやりと考え事をしていると、田園風景の中にぽつぽつと立派な建物が見えはじめた。
「このあたりにある新しい建物のほとんどがFFALの関連会社とプラントですね。宮之森学園はこの先にある遠埜自然公園の中に造られています」
スーツの男性はこうした案内になれているのか、黒羽の思考を先回りするように説明してくる。
「もう少しで見えてくると思いますが、自然公園には飲食街やショッピングモールなんかも併設されていますから市街から少し距離があるとはいえ、不便を感じることはないと思いますよ」
彼の言う通り、少しすると視界が開け、湖とその向こうに木々の繁る森、そしてその景観を崩さないように設計されたのであろう、森と調和して見える近代的な施設がいくつも建っているのが黒羽の目にも入ってきた。
「なかなかのものでしょう。最近は遠埜自然公園目当ての観光客も多いんですよ」
遠目にもきちんと手入れされていることがわかる自然公園は確かに綺麗だった。
だがそれが霞むくらいに大きいその規模に目を奪われる。
端から端まで一体何キロあるのか、どのくらいの広さがあるのか、黒羽には見当もつかない。
「…あの森は全部自然公園なんですか?」
「ええ。人の手が入ってない場所もいくらかはありますけどね。散策コースはいくつかあって、1日では全部回り切れないでしょう」
「すごいなぁ…」
黒羽はそう言いながら、その森の壮大な風景にすっかり見入ってしまっていた。
車は湖に沿ってゆるく弧を描いて取り付けられたバイパス道路を通り、そこから森の中へと通じるゲートを潜り抜ける。
木漏れ日が幻想的に照らす道をしばらく走っていると、木々が本数を減らしていき、広く開けた場所へと到着した。
一番大きな建物は校舎なのだろう、だが一般的な学校のものに比べるとこの規模にしてはずいぶんと背が低い。
ただそのかわりに広い土地を活かして建築面積を多く取って建てられているようだった。
他の建物も背の高いものは見当たらない。
きっと外から見れば森に埋まっているように見えるだろう。
「この遠埜自然公園の中に建てる建造物に関しては色々規制がありまして…あまり高い建物は建てられないようになっているんですよ」
スーツの男性が興味深げに周囲を見ている黒羽に説明する。
そうこうしているうちに車は校舎だと思われる建物群のうちの一つに向きを変えると、大きく楕円を描いたロータリーを回って立派な玄関の前に停車した。
「ここが宮之森学園…」
『************』
車から降りた黒羽は木々に囲まれた学園の周囲をぐるっと見回すと、ふと口癖になっていた呪文を唱えた。
あの事故からはどうしても言えなかった呪文が何故か自然と口から紡ぎだされた。
彼女は何かがほんの少し自分の中で変わったような、そんな不思議な感覚を覚えた。