(3-1)始まり
「む?」
黒っぽく鈍い光をはじく戸棚と、ガラス扉の中の調度品が小刻みにカタカタと揺れる。
「母さん、地震かな」
お茶を飲む手を止め、海雲は台所に向かって声をかけた。
五分刈りで丸められた頭であるが、法衣ではなく黒っぽいTシャツのような服装。
木製の黒いテーブルの上に並んでいる瓶の中で、醤油が細かい波紋を作っている。
「えっ? 何ですか?」
洗い物の手を止め、エプロンで手を拭いながら、美佐が、海雲の方に歩いてくる。
「今、揺れたような」
「そうですか? 気付きませんでしたよ?」
そう言いながら、美佐は、リモコンのスイッチを操作し、テレビのチャンネルを変える。
男二人がどつきあっている場面、スーツ姿の男性が原稿を読んでいる場面、選手がバットを振り走り出す場面……。
「特に速報も出てませんねぇ」
「気のせいかな……」
再び瓶を見ると、波紋は消えていた。
海雲は、再びお茶をすする。
「耕平にも一応連絡しておきますね。今日来た女の子も心配ですし」
美佐は、ちらりと「SECURITY」と書かれた壁の緑ランプを確認すると、ポケットから携帯電話を取りだす。
「耕平達は、ご飯は良かったのかな?」
「ええ、部活の人と食べてくるから、今日はいらないってメールありましたよ」
携帯電話を忙しく操作しながら、美佐。
「そうか」
僅かの後、黒電話の着信音が鳴り、美佐は携帯電話を再び操作する。
「特に被害無し、ですって」
「うん」
海雲は湯飲みをテーブルに置くと、テレビのリモコンを取った。