(2-3)
「おっし、上手くいった」
塀から息を殺して二人の様子を見ていた、長身の男性が小さくガッツポーズをする。
「へー、あの子変わってるし。もっと財宝とか、権力とか言えばいいのに。てか、願い事を言った時点で、契約完了って知らないわよね。当然、悪魔はクーリングオフも出来ないし」
「まあ、それは、……不可抗力だ」
突如背後からする楽しげな女性の声に、少しだけ考えるような仕草をし、男性は呟いた。
「不可抗力て、……確信犯だし。でも、これから心配ね、大山クンの思い通りに行くかしら」
大山は振り返り、大山と同じぐらいの背で、長い髪を後ろで一つにまとめている少女を睨む。
「葵君、一応、この世界では、私が上という設定なんだ、誰が見ているか判らないから、外では呼び方に気をつけたまえ」
「ふふ、そうだったわね。じゃあ、大山さん、いや、大山先輩の方が良い?」
葵は、自分の左胸にある高山学園の名札をちらりと見ると、微笑んだ。長い髪が揺れる。
月に照らされたその顔は整っており、何もかも見透かしていそうな切れ長の瞳が印象的だ。
後ろで一つにまとめられた髪は、どことなくスポーツ少女を思わせる。
「どっちでもいいよ。……うん、でも、『先輩』の方がしっくりくるな。皆そう呼ぶし」
大山は、少し考えるような仕草をすると、うんうんと頷いた。
「だけど、気をつけないと、あの子また失敗して、契約解除されるかも。魔法の失敗と、契約者の命令無視は正当な契約解除事由に該当するわ。今回で十三回目、もう後がないし」
「解ってるさ。だから、彼を選んだんだ。この世界の常識では、彼が魔法を求めることはないだろう。故に、すなをが苦手な気化魔法を使って屋根を吹き飛ばしたり、冷風魔法を使って吹雪を起こしたりして、契約者の怒りを買うことはないはずだ。私が、コスプレ少女という設定にしておいたしな。審判の日まで、大人しくして、契約解除さえされなければ、なんとか……」
「そうね。でも、私は、すなをが願い事の契約を完遂して、正攻法で生き残ることを願っているわ。人間の犠牲なんて、この時代にあり得ないし。……あっ、人が来るわね」
犬の鳴き声が近づいてくる。
葵は、ちらりと後ろを振り返ると、
「じゃね~」
大山に小さく手を振り、ゆらりと残像を残して消えた。
「生け贄……か、でも、あの子も崖っぷちなんだ。どちらを選択するかなど、明白だろう。ここまで準備したんだ。……あとは、私の書いたシナリオ通りに動いてくれるか、だな」
大山は、軽くため息をつくと、葵と同様に、姿を消した。
「おい、どうしたんだよジョン。何も居ないだろ?」
激しく電柱に向かって吠える犬のリードを引っ張りながら、黒いTシャツにジーパンの男性は「誰か死んだのか? ここで。勘弁してくれよな~。苦手なんだよ、霊とか……」と呟きながら、足早に立ち去っていった。
誰もいなくなった路上を、月が青い光で静かに照らしていた。