終ー(2)
「む?」
黒っぽく鈍い光をはじく戸棚と、ガラス扉の中の調度品が小刻みにカタカタと揺れる。
「母さん、地震かな」
お茶を飲む手を止め、海雲は顔を上げた。
「あら、確かに揺れましたね」
美佐は、リモコンのスイッチを操作し、テレビのチャンネルを変える。
スーツ姿の男が山のようなマイクを差し出されている場面、崖っぷちで男女が何かを言い合っている場面、ぬいぐるみが踊っている場面……。
「特に速報も出てませんねぇ」
「最近、地震が多いような……」
海雲は、再びお茶をすする。
「嫌だわ、大地震の前触れかしら。……あら、耕平から返事がないですね」
美佐は、携帯電話のフタを開け閉めする。
「寝てるのかな」
「一応、様子を見てきますね」
美佐は、携帯電話をポケットに入れると、立ち上がった。
「うん」
海雲は湯飲みをテーブルに置くと、テレビのリモコンを取った。
◎
「なぁ」
「ちょ、ちょっ……と失敗し……けほっ、ただけよっ!」
砂埃でむせながら、すなを。
「ちょっとぉ~?」
「あ、えと、……その、ちょっとじゃないかも。うん、少し、少しだわっ」
すなをは顔を引きつらせ、後ずさりし、耕平から逃げようとする。
その後ろには、押し入れからあふれ出た、がれきの山。
「あれが、少しぃ~?」
激しくデジャヴを感じる場面。
違うとすれば、耕平とすなをの距離ぐらいだろうか。
「やっ!」
耕平は、素早く手を掴むと、すなをの逃亡を阻止する。
「逃げるなっ! 大体、何でまだ魔法使えるんだよ。ライセンス剥奪なんだろ?」
ぐい、とすなをを引き寄せ、耕平。
「あ、あったりまえじゃん。ライセンスが無くたって、あたしは悪魔だし」
精一杯の虚勢を張りながら、すなをは耕平を見上げた。
しかし、態度とは裏腹に、完全に逃げ腰だ。
「二度あることは三度あるって言うか……。まったく、やっと屋根の修理が終わったところだったのに」
耕平は、床に転がっている木材や金槌を恨めしそうに見た。
せっかく屋根を直したのに、何で直した途端に壊されるんだ?
またやり直しだし。次で三回目!
「大丈夫だって~、形ある物はいつか壊れるっへ――」
耕平は、その言葉にムッとし、すなをの頬を思いっきりつねった。
「ひはい、ほーへひ!」
すなをは、耕平の腕を掴み、引きはがそうとする。
「うるさい。すなをが悪いんだろ! 謝れっ! ひれ伏せ! 契約解除するぞっ!」
「ほ、ほへんははい~! ひはひ~」
すなをは、涙目で耕平を見つめ、腰をひねりながら謝る。
「真面目に謝――! ……げっ、やばい!」
すなをを睨んでいた耕平が、突然すなをから手を離した。
支えを失い、すなをは尻餅をつく。
「ど、どうしたの、コーヘイ?」
頬を撫でながら、すなをはきょとんとした顔をする。
「叔母さんが来る!」
確かに、砂利を踏む音に混じって、鼻歌が聞こえる。
「そだね」
「『そだね』じゃないって! ばれたら大変だって! それ、片付けなきゃ!」
こんながれきの山が見つかったら、本当にやばい。
耕平は、慌ただしく入り口に向かう。
「おっけー、じゃあ、あたしに任せてっ。魔法で――」
すなをが、嬉々として腕まくりをする。
「いらないからっ! 早く! はい、これ。これで、押し入れの中に押し込んで」
耕平は、すなをに箒を渡し、自分も木材でがれきを押し入れの中に押し込む。
「も~、魔法でやったほうが早いのに~」
「この状況で、どこからその自信が出てくるんだよ!」
不満げに頬を膨らますすなをに、耕平は押し入れの方を指さし、「早く手伝え」と促す。
「魔法でやったほうが早いのに~」
「契約解除されたい? 掃除したい?」
「掃除がしたいです」
すなをは、慌てて箒でがれきを押し入れに押し込んだ。
「あら、すなをちゃんも一緒? ……すなをちゃん、冬服も似合ってるじゃない。よかったわ~」
耕平の部屋に入ってきた美沙は、すなをを見ると、にっこりと笑った。
美沙の言うとおり、すなをは、白いブラウスに水色のリボン、そして、紺色のブレザーを羽織っている。高山学園の冬服だ。
「う、うん。ちょっとね」
「う、うん、似合ってるかも……」
何となく押し入れを隠すような格好で、耕平とすなをが美佐と対峙する。
押し入れの戸を閉めるのと同時に、「入るわよ~」と美佐がドアをノックしたのだ。
間一髪。
「よかったわ。無事で。今、地震があったみたいだから」
『へ~』
耕平とすなをは作り物のような笑みを浮かべた。
触れ合っているわけでもないのに、お互いの鼓動が感じられる。
「へ~って、気付かなかったの?」
美佐は、怪訝そうに耕平の顔をのぞき込んだ。
「あ、や、少し揺れたような気がするけど、大したことなかったし」
「うんうん、なかったし」
耕平が慌てて取り繕い、すなをも同調する。
耕平とすなをの身体中から汗が噴き出す。
「そうね。確かに大した揺れじゃなかったわ。でも、気をつけてね」
耕平達の動揺に気付かなかったのか、美佐は、笑った。
「うん、ありがとう」
「あっ!」
ここで、美佐はポンと手を打つ。
耕平とすなをは、同時にびくっと首をすくめた。
「そうそう、すなをちゃんの編入処理が終わったから、来週から、すなをちゃんお願いね」
「ええええーーーーーっ? てか、叔母さん職権乱用しすぎ!」
予想外の不幸確定宣言に、耕平は思わず叫ぶ。
「ええ~って事はないでしょ? 仲良いんだし、良いじゃない。それに、すなをちゃん、いつ家に帰れるか判らないし、さすがにあれだけ学校行かないと、将来色々大変だから。ね?」
美佐は、すなをに向かってウィンクする。
「うん、あたしコーヘイと学校に行く~」
「ちょっと!」
「いいじゃん、別に~。嫌なの? あたしと行くの、嫌なの?」
すなをは、不敵な笑みを浮かべ、耕平を見上げた。
「い、いや、……そそう言う訳じゃないけど」
耕平は、すなをのその表情を見た途端、顔が火照り、そんな自分が、すなをという小悪魔によって人生の罠にはめられたことを悟った。
……僕の選択は間違ってなかったよな? 大丈夫だよな?
そう自分に問いかけながら、耕平は、これから始まる、あまり楽しくない学校生活を想像し、身震いした。
(終わり)
ここまで読んでいただいた方、ありがとうございます。
本当は挿絵を描くつもりでしたが、ついに描けずで、追々時間があれば……。
この話は、私が二つめに作った小説で、どうすればすなをが可愛く書けるかを試行錯誤した記憶があります(汗)。
自己満ですが、書いた中で最もお気に入りですw
物書きを目指していた頃、これを含め、長編を全部で5本書きましたが、なかなか厳しく、2次落ち、3次落ちと、どうしても最終にたどり着けず、自分の才能に限界を感じ、でも、文章書くのは好きなので、趣味に切り替えました。
コンセプトは、自分が読みたい小説ということで、好きに書いていますが、気に入っていただければ幸いです。
人が死んだりするのがどうしても書けず、全部それなりのハッピーエンド的な話しかありません。
そんなわけで、残りの四本も追々上げていきたいと思います。




