終ー(1)
ひっそりとした室内で、仏頂面で書類に何かを書き込んでいる大山と、必死に笑いをかみ殺している葵。
「……君が仕組んだのか?」
大山が、咎めるような口調で、葵に聞く。
「ふふ、ほんの少し、二人の背中を押してあげただけよっ」
「最初から、そのつもりだったのか?」
「ん~、最初はねぇ、あんたと同じ考えだったし。でも、二人を見ていたら……、ねっ?」
「……ライセンス、一生取れないのだぞ? あの子の悪魔としての一生は台無しだぞ? ただ生きているだけに、何の意味があるのだ」
咎めるような口調の大山に、葵は、少し考えるような仕草をし、すぐに笑みを浮かべた。
「別に良いじゃん。すなをのやりたいようにさせてあげれば。悪魔として生まれたら、ライセンス取って実績作って名門に仕えなきゃ、なんて古い古い。悪魔らしく生きることばかりが私達の幸せじゃないって。自分に素直に生きればいいって。あの子の名前の通りにねっ」
「君は気楽で良いなぁ。明らかに教育方針のミスだと言われるぞ。史上最年少でライセンス取得出来るチャンスだったというのに。下手すりゃ、将来は異端扱いだ」
「そんなの、結局あたし達大人のエゴじゃん。ちょっと才能あるかもって無理に仮ライセンス取らせてさ、でも、そのおかげで、あの子はずっと不幸だったじゃない。大人の期待に沿えなくってさ、ずっと自分を責め続けていたんじゃん。それに、将来の事なんて判らないんだから、今考えたって仕方ないし。そんなに心配ばっかしてると、禿げるよ?」
大山は、大げさにため息をつく。
「もういいや。……しかし、協会は、何だって私達に審判役を押しつけたのかな?」
「そんなこと知らないし。ただ、好意的な思考からではない事だけは確かね」
「教え子を裁けなんてな。……責任取れってことか」
フ、と葵は遠い目をする。
「……まあ、いいじゃん。結果的に、すなをの希望する形になったんだし。教え子の幸せがあたし達の幸せ、違う?」
「しかし、『一生分の幸せ』……か。何なんだろうね、幸せって」
大山が、「よし」と呟き、書類の表面を手でなぞると、書類は燐光を放ち、消えた。
「ふふ、今度は哲学者になった? そんなの、答えなんて無いし。そりゃ、朝倉君、だっけ? 朝倉君が〈門〉を開いた時点で確定していた『一生分の幸せ』は無くなったかもだけど。幸せなんて、自分で作るものだし、何度でも自分で見つければいいじゃん。だから、朝倉君が、すなをが側に居ることで幸せって思ってるなら、一生すなをが側にいれば良いんじゃない?」
「そんなものかね」
「うん。きっとそうだし」
「まあ、〈門〉を開いてまで取り戻したかったって事だから、すなをも果報者ってことかな」
「あの子もね。もう、頭の中『コーヘイ』しか無かったんじゃない? いくら気配消しているとは言え、最後まであたしたちの事、気づかないなんてね」
「確かに、今回は、しかも十三回目だと言うのに、私達に助けを求めなかったな。形態はともかく、卒業……したのかな」
「『契約者に落ち度はない。自分の力不足です』なんて言える子じゃなかったのに、……成長しちゃったなぁ」
大山の言葉に、葵は同調しながら少し寂しそうな顔を見せ、直後「あっ!」と小さく叫ぶと、
「もうこんな時間! このみと映画見に行く約束してるから、早く行かなきゃ」
そそくさと片付け始める。
「楽しんでるな」
「あったり前じゃん。あたしのモットーは、いつでもどこでも誰とでも楽しく、よ。筋書き通りなら、多分、すなをももうすぐ学園に来るわね。更に楽しみが増えるわ~」
「君のそう言うところは、見習うべきかな」
大山は、ため息混じりに呟いた。
葵は、引き戸を開きかけ、
「うんうん。若いって良いよ~。出来れば、ずっとこの姿で居たいわぁ。……で、あんたはどうするの? 還るの? あの可愛い子残して」
大山の方を振り返った。
「いや、何か楽しそうだからさ、もう少しあの二人を観察するとするよ。当分契約者からの呼び出しも無いようだからね。前例が無いから、場合によっては、学会に報告出来るかも知れん。朝倉君の事も、いくつか気になる点があるし。だから、当分の間、普通の人間として生活する」
「人のこと言えないじゃん」
葵の抗議に、大山は口の端を上げた。




