6ー(3ー1)すなをの選択
すなをの視線の先で、耕平が、伸びきった右手を引き戸にかけた状態で佇んでいた。
服装は乱れ、大きく肩で息をしている。
雨に打たれたのだろうか、ぼさぼさになった髪から滴が流れ落ちている。
「やっぱり……か。ここ? その子……に聞いた。……って、先輩?」
耕平は、険しい表情で葵を指さし、ついでびっくりしたような顔をする。
「ふふ、ずいぶん早かったじゃん」
「まあ、……そういうことだ」
葵は楽しそうに微笑み、大山は、他人事のように言った。
「……そんなことより、すなを」
「!」
耕平は、呼吸を整えるとすなをを睨み付けた。
初めて見る雰囲気の耕平に、すなをは身体を硬くする。
「何で、一人で行っちゃうんだよ」
耕平が、つかつかと、すなをの方に歩いてくる。
激しい鼓動の中、すなをは、心のどこかで耕平が来てくれることを期待していた自分と、出来れば、二度と耕平に会いたくなかったという自分がせめぎあっていた。
「えっと……」
「一緒に行こうって、約束したよね!」
耕平は、すなをの前に立ち、険しい表情のまま、すなをを見下ろした。
すなをは、耕平に伝えるべき事を必死にまとめる。
「でも……」
「でもじゃないっ! 何で! 勝手に行っちゃうんだよ!」
……そうだ、また約束を破っちゃったから、まず謝らないと
うん、それに、これ以上コーヘイが困らないって事も、ちゃんと教えないと。
すなをは、さっと手で目尻を拭うと、大声を上げる耕平を見上げ、微笑んだ。
「ごめんね? 言おうと思ったけど……。でもね、コーヘイには、もうこれ以上迷惑かけないし」
「迷惑とかそう言う――」
再び耕平が口を開きかけたので、すなをは慌てて遮る。
「え、えっとね、せっかく呼び出した悪魔が勝手に居なくなって困る、ってなりそうだけど、大丈夫。気付いていないだけで、コーヘイは有資格者なの。だから、コーヘイは困らないよ? ほら、あたしの代わりなんていくらだって居るし、悪魔が必要なら、いつだって呼び――」
パン、と言う痛々しい音に、大山と葵は首をすくめ、すなをは、たった今叩かれた頬を押さえ、びっくりした顔で耕平を見上げた。
「……代わりって何だよ。人に、代わりなんて……あるのかよ!」
口調に反して低く、震える声が、耕平の怒りの深さを感じさせる。
「……」
すなをが今まで見たことのない、怒りに支配された耕平。
「人に代わりなんか居ない。誰かが誰かの代わりなんて出来ない。だから、……だから、大切な人を悲しませないように、人は命を大切にするし、大切な人を失わないように、一生懸命守ろうとするんじゃないか」
「コーヘイ……」
すなをは、頬の痛みを感じながら、低い声で淡々と言葉を紡ぐ耕平が訴えようとしている事を、必死に理解しようとしていた。
「なあ、教えてくれよ。……この世界に、すなをみたいに笑って、すなをみたいに怒って、すなをみたいに泣いて、すなをみたいに喜ぶ奴が、すなをの代わりが、もう一人居るのか? 僕が一生分の幸せを差し出せるような奴が、どこか他に居るのか?」
「それは……」
すなをは、言葉に詰まる。
再び胸が締め付けられるような感覚に陥るが、辛うじて笑顔を作ることに成功する。
……泣いちゃ駄目だって、あたし。笑顔でコーヘイとお別れするって決めたでしょ?
「居るわけないじゃん! この世界で、すなをは一人だけなんだって。すなをの存在は、そんなに軽いものじゃないんだって。自分の代わりが居るだなんて、何で……、何でそんなこと言えるんだよ! 自分のことを物みたいに言ってんじゃねえよっ!」
耕平は、バンっとテーブルを叩く。
「おいおい、私の事も丁重に扱え、人間」と、宙に浮きながらコロップ。
「!」
すなをは感じた。
耕平の言葉に混じって、言葉に含まれない溢れる想いが一緒にぶつかってくるのを。
「悪いけど、僕は、悪魔が必要なわけじゃない。魔法なんて使えなくたっていい。魔法で僕を喜ばせようなんて、考えなくたっていい。……どうせ、今まで僕に迷惑をかけてきたんだろ? だったらさ、すなを、これからも、ずっと僕に迷惑をかけ続けろよ! 生き続けることを考えろよ!」
……コーヘイ
目から溢れ出る物を抑えられなくなり、次から次へと頬を伝う。
すなをは、耕平の想いの全てを理解した。
……でも、そんな耕平だからこそ、あたしは……
「昨日すなをも言ってたじゃん! 僕も同じだよ! すなをがいる世界が、僕の住む世界なんだよ! すなをが居ない世界で、僕だけ生きてたって、何の意味もないんだって!」
耕平は叫んだ。
……駄目だって! しっかりしてよ、あたし!
すなをは、今まで心のどこかで期待はしていたが、最初は当初の、途中からは別の目的を遂行するため、必死に打ち消していた事を、その想いを、耕平から直接伝えられ、自分を維持できなくなりそうになっていた。
……でも、どちらかしか選べないの、コーヘイ!
すなをは、歪む視界に耕平を捉え、何とか笑おうとして、失敗する。
「ふふ、やっぱり。お互い結論出てるんじゃない」
突然、葵が、楽しげな声を出した。
「だったらさ、まずは、すなをがさ、好きな方選んだらいいじゃん」
「う、うむ。そうだ、時間も圧しているし、審判を再開する」
大山は、「思わず飲み込まれてしまった」と、ため息一つ、再び瞳から光が消える。




