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6ー(2ー2)

「――、第十三回、……今回だな」

 ここで、すなをは表情を動かした。


「特に契約者からの通報も無く、契約状態であるが、現時点で契約者の願い事を行使することが出来ていない。この事実は間違いないか? あるいは、何か、願い事に問題があったのか?」

 大山が顔を上げた。

「はい、現時点で願い事は叶えていません。契約者に落ち度は無く、理由は、私の力不足で間に合わなかっただけです」

 すなをは即答する。握りしめている手が湿っていく。

「……ふむ」

 葵が少し驚いたような顔をする隣で、大山は頷き、「ま、予定通りか」と呟きながら、書類に何かを書き込む。

 ……良かった、ばれてない。

 すなをは安堵のため息をついた。

「では、契約要件を満たせなかった事が認定されたため、以後は、処分の審判に移る」

 抑揚のない声で、大山。


「今回は十三回目であり、汝に、審判法第九条二項適用の権利があるが、その権利を行使するか?」

 来た!

「――」

 すなをがその言葉を口に出そうとした途端、身体が震えだし、声を出すことに失敗する。

 覚悟はしていたのに、今までそんな風に感じたことは無かったのに、何故か、消えることが恐怖に感じた。


 馬鹿っ! 何してんのよ、あたし。


 すなをは自分を叱咤する。

 すなをの声が聞き取れなかったが、大山は、大きく頷いた。

「まあ、当然行使するだろうな。では、この書類に署名を――」

「署名なんかしないわっ!」

 大山の声を遮り、すなをは、叫ぶようにそう言った。自分の感情を断ち切るかのように。

 葵は微笑み、大山は天を仰いだ。

「な汝は、その意味するところが解っているのか? 行使しなければ、汝は消滅するのだぞ? 次はもう無いのだぞ? これは、汝が、この世界で悪魔として生き残る最後かつ唯一の――」

「この世界は、あたしのモノじゃないもん!」

 すなをは、大山の揶揄するような言葉を遮る。

 ついで、キッと大山を見据えた。

 すなをの中に、もう迷いはなかった。


「この世界には、コーヘイが居て、コーヘイの叔父さんが居て、コーヘイの叔母さんが居て、コーヘイの友達が居て、コーヘイの家があって、コーヘイのお気に入りのファミレスがあって、コーヘイのよく行く公園があって……。だけど、この世界に、あたしのモノは一つもないの。この世界は、コーヘイが居るからこの世界なの」

 大山は、あっけにとられたように口を半開きにし、葵は、興味深げにすなををじっと見た。

 ……そう、あたしは間違っていない。

 すなをは、初めて会った夜の耕平を思い浮かべる。

 あのとき、「ここがすなをの居場所だよ」って言ってくれた、耕平の優しい目を。

 いつの間にか震えが止まっている。

「でも、コーヘイは、そんなあたしにコーヘイの世界を分けてくれた。『あたしの家』をくれた。『あたしの部屋』をくれた。『あたしの居場所』をくれた。……そんなコーヘイを、あたし達の都合で消してしまって良いのかなぁ」

 ……コーヘイ、あたしは多分大丈夫。元々居た闇に戻るだけ。

 耕平が、すなをを何とか救おうと必死に考えてくれた、昨晩を思い出す。

 そんな耕平だからこそ、その選択肢は絶対に選ぶまいと、心に誓った。

 すなをは、軽く息を吐く。

「いや、それは、人……」

 大山が身を乗り出すが、葵が左手を挙げ制する。

「続けて?」

 葵は微笑んだ。


「初めて魔法を失敗したとき、コーヘイは、怒ったけど、あたしはこれから幸せになるべきだって、『不幸になるなら、契約解除は絶対にしない』って言ってくれた、学校で魔法を失敗したとき、コーヘイは怒ったけど、でも、『一緒に帰ろう』って言ってくれた、コーヘイはあたしをファミレスに連れて行ってくれた、コーヘイはあたしが捕らえられたときも、コーヘイの一生分の幸せを差し出して、命がけで〈門〉を開いて助けに来てくれた」

 〈門〉の向こうで、すなをに向かって必死に叫ぶ耕平の姿を思い浮かべる。

 すなをの知る歴史で、〈門〉を開いて、無事に帰還した人間はいないと聞かされている。

 人間が〈門〉を開いて無事に帰れるのは、邪な心無く、純粋な心で、丁度等しい対価に相当するものを求めた時だけ。

 大抵〈門〉を開こうとする人間は、欲に目が眩み、差し出した対価よりも多くの見返りを求めるため、対価が足りなくなり、果ては命を奪われるのだ。

 なのに、耕平は、人間でありながら、すなを一人の価値の対価を、その定量を、実に正確にやってのけたのだ。

 その事実が、その行動が、こんなにもすなをを勇気づけ、そして、苦しめる。

 ……大体、あたしなんかが、コーヘイの一生分の幸せと釣り合うわけ無いじゃん

 目の奥が熱くなるが、すなをは大きく息を吸い込むと、再び2人を見据える。


「あたし、初めて知ったの。この世界に、こんなにも暖かいものがあったんだって。

 あたし気づいたの、この暖かいものは消しちゃいけないはずだって。

 あたしだって女の子だもん。そんなにされたら、嬉しいし、だから、コーヘイの喜ぶ顔を見るために何かしたいって思うし、そんな大切なものを失いたくないって思うじゃん。

 たまたま悪魔の家で生まれたってだけで、そう思っちゃいけないの? コーヘイが人間だから、そう思っちゃいけないの? 悪魔ってだけで、人間を利用しなきゃいけないの? 利用できなくなったら、消しちゃって良いの? そんなの……、そんなのおかしいじゃん!」

 鼓動が速くなる。

 ……ごめんね、コーヘイ。だから、あたし、もう決めたの


 すなをは、最後にと、今までの中での一番の耕平の笑顔を思い浮かべる。

「コーヘイを犠牲にして、生け贄にして、コーヘイが居なくなった世界で、あたしだけ生き残っても意味がないの。この広い世界で、コーヘイに出会えたから、コーヘイが居るから、あたしの居場所があるの。コーヘイが居る世界が、あたしの住むせかいなの。コーヘイの居ない世界は、あたしの住むせかいじゃないの!」

 すなをは、大きく息を吸い込み、心に決めていたことを、審判での決定事項を、言葉に出す。

「だから、どっちかしか選べないって言われたら、あたしは――」

 

 バ―――ン

 

 突如起こった爆音に、すなをは首をすくめ、大山と葵は慌てて辺りに鋭い視線を走らせる。

「ちょっと待てえぇーーっ!」

「こっ、コーヘイ? どうしてここが?」

 今や、思考のほとんどを占めている人物の声に、すなをは反射的に振り返った。


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