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6ー(2ー1)生贄

 日曜日のためか、校舎は静まりかえっている。

 運動部員が居そうなものだが、時折激しく打ち付ける雨が、居ない理由を示している。


 カラカラ

 引き戸が開き、すなをが部屋に入ってくる。

 大山は、テーブルの書類に向かって何かを書いていたが、手を止め、顔を上げた。

 途端、大山は怪訝そうな顔をする。

「ん? おい、契約者はどうした? それよりも、まさか、歩いて来たのか?」

「あんたが……。おかしいとは思ってたのよ」

 答えず、すなを。「悪魔としての自覚が……」などとぶつぶつ言う大山を、真っ直ぐに見据える。

 大山は口の端を上げた。

「まあ、そういうこと。それよりも、契約者はどうした? 記録上は、まだ契約解除されていないはずだが」

「審判は二人で行うはずよ。もう一人はどうしたのよ」

 手元の書類に目を落としながらの大山の質問を再び受け流し、すなを。

「審判開始までには来るさ。あいつは、こちらの世界での交友関係が多くてなぁ」

 大山は、「困ったものだ」と、ため息と共に呟く。


「ほっ……と! はい、十点っ!」

 すなをの背後で、何かが着地する音と共に聞こえてきた声に、大山は再び顔を上げるが、人物を確認すると、書類に目を落とした。

「あおい……ちゃん……も?」

 聞き覚えのある声に慌てて振り向いたすなをは、目を見開く。

 万歳ポーズをして笑みを浮かべるその人物は、高山学園の制服に、胸元に『作本葵』と書かれた名札。

「間に合ったぁ~。……よっ! すなを。二日ぶり~」

 葵は、小さく手を振った。

 それは、まるで、女子高生が友達を見つけたかのような仕草。

「葵君、何だね、被審判者に対するその対応は。もっと審判者としての自覚を持ってくれ。大体、遅い! 準備、私だけでやった」

 再びため息をつく大山に、葵は歯を見せた。

「ははっ、ごめんごめん。ちょっと野暮用でさ、迷える仔羊に的な。うん、審判始まる前にどうしても済ませておく必要があったわけ。てかさ~、何であんたの部室でやるわけよ」

 後ろでまとめられた髪を揺らしながら、葵は、室内を興味深げに見回す。

 壁際に置かれた白いポット。

 ホワイトボードに貼られたマグネット。「朝倉」「神崎」が赤色で、「大山」が白色になっている。


「他に安全な場所が無かったからな。万が一人が来ても、ここなら何とかごまかせる」

「ふ~ん。それにしてもさぁ」

 葵は、大山を見た。

「何で、この部屋こんなに灰だらけなのよ。そうそう、中庭も灰だらけだったよ? ……まあ、この雨で流れるだろうけど」

 葵は、気持ち悪そうに足で床を蹴りながら「何この気配。ヒトで有ったもの? ……いや、だとしても魂レベルまで分解とか、魔王がキレたとかじゃなきゃ普通あり得ないし」などとブツブツ言っている。

 不安げに宙を見つめるすなを。

「私は知らないぞ。昨日、朝倉君が実験やってたみたいだから、その関係かな。まあ、確かに汚いから、後で掃除するか」

「ふ~ん、別にいいけど。……あとさぁ、ネットで噂になってるけど、昨晩、軍事基地が一つ消滅したらしいよ? 知ってる? 実は、あんたが犯人とか?」

 悪戯っぽい笑みを浮かべる葵を背に、すなをは息を呑む。

「実は、って何だ。私は知らないぞ。第一、基地一つ破壊できるほどの魔力など、私は持ってない」

「だよね~。……まあいいや。何の証拠も無いし、協会から調査依頼も出てないしねっ」

 葵は興味なし、と言った感じで、話を打ち切り、すなをの背中をポンポンと軽く叩きながら横を通り過ぎ、大山の隣に座った。

 すなをは、ゆっくりと息を吐きだした。

「てか、そろそろ、時間だけど」

 そう言い、葵は大山を促す。

「いや、まだ契約者が……」

「時間遅らせると、規則により厳罰よ? あの子なら絶対来るって。どうせ結果は判ってるようなものだし、始めておけばいいじゃん」

 大山は葵を睨むと、「おいおい、段取りが違うだろ、これじゃ」と、深いため息をつき、

「確かに、居ない方が、むしろ好都合か。……では、これより、審判を執り行う」

と、厳かに告げた。

「あ、すなを。従属魔外してね。規則違反になるわ」

 葵の言葉に、すなをは慌てて腰に手をやり、コロップを入り口前のテーブルに置いた。


「審判を始めるに当たって、今回は、十三回目になるが、十三回目の意味は解るな?」

 大山は、深淵のような光のない目で、すなをを見た。

 すなをは神妙に頷く。

「ふむ、……では、規定により、事実認定を行うため、過去の経緯を再度確認する」

 大山はちらりとすなをを見たが、再び書類に視線を落とす。

「第一回、……あれ?」

 ここで大山は首を傾げると、葵に顔を寄せ、何やらヒソヒソ言った後、「ああ、……面倒臭い時代だな」とため息を付いた。

「失礼、個人情報保護とかで、契約者の情報は割愛されている。まあ、記憶しておく必要もないが。ええと……第一回、契約者Aの屋敷にて、契約三日目に爆発事故、屋敷は全壊、協会への通報により審判法第七条を適用し契約解除。第二回、日常的な業務でミスを連発、契約者の怒りを買い、二十九日目に契約解除――」

 淡々とすなをの過去の経緯を読み上げる大山を、感情の映っていない目で微動だにせず見つめるすなを。

 大山の声だけが部屋を満たし、虚空へと消えて行く。


 すなをにとって、それは、もはや、記憶ではなく、無機質な記号の羅列、ただの記録に過ぎなかった。

「――第八回、契約者による継続的な虐待行為により、本人が教育者に相談するも……改善されず――」

 鼻をすする音に、すなをが少しだけ意識を向けると、何故か葵がハンカチで目を拭っていた。

「二百十八日目に一方的に契約解除される。なお、当該契約者は契約解除後消息不明、第十回――」

 すなをは思い出す。

 この頃になると、グリモアに記載される過去の経歴から、すなをにとっては不利な状況が揃い始め、契約希望者が現れなくなった。

 たまに現れる契約者は、憂さ晴らし目的ですなをと契約し、虐待し、飽きたら契約解除ということが定常化していた。

 最初からマイナススタート。契約者の信頼を獲得するどころの話ではなかった。

 幾度となく先生に泣きついたことがある「もう嫌。ライセンスなんて欲しくない。消えた方がまし」と。

 その度に、先生は、じゃあ次はこうしよう、お前は優等生なんだ。たまたま契約者との相性が悪かった、運が悪かっただけ。お前は悪くない。

 ほら、あと少しの我慢だから、だから、頑張れ、と言ってすなをを励ましたのだ。

 すなをは、ただただ周りの期待に応えるだけのために、無間地獄のような日々を過ごしていた。

 生きるために無間地獄が続くのなら、消えてしまった方がよほどましだと思った。

 でも、「頑張れば、生きていれば、きっと良いことがあるから」と言われ続けた。


 一生懸命、頑張ったのに……。

 すなをの視界が歪む。

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