6ー(1)7日目
日曜日の早朝だからか、木製の塀に囲まれた住宅街の人通りは少ない。
時折、どこかともなく聞こえる鶏の鳴き声、犬の鳴き声、子供の笑い声が空間を通り抜けるが、その実体が目の前に現れる事はない。
住宅の合間に所々現れる空き地では、鮮やかな色彩を放つ彼岸花が、秋の精霊でも召還すべく、時折天空に向かって円を描いている。
その空は、分厚い雲に覆われており、辺りは薄暗い。
昨日の天気予報では、雨。
恐らくこれから、しとしとと夏の終わりを告げる雨が降り始めることだろう。
だから、夏の間の疲れを癒すべく、久しぶりの休日の雨を、家族と、友達と、恋人と、家の中で過ごしているのだろう。
そんな中、耕平は、人通りの少ない街路地をひた走っていた。
九月の終わりと言うこともあって、気温は低いが湿度が高いようで、身体はじっとりと汗ばみ、耕平は不快感と戦っていた。
だが、耕平の鼓動は走ること以上に速く、その不快感の発生源が、汗ではないことも知っていた。
「あいつ……はっ、ばっ……か、……なん……にも、伝わっ……てなかった!」
耕平は、あえぎながら、誰もいない空間に向かって吐き捨てた。
ヒューヒューと喉が音を立てる。
今日は審判の日。
すなをが裁かれる日。
悪魔としての存在価値を問われる日。
耕平のせいで、すなをが処分を受けることは確定。
でも、
すなをは言った。
一つだけ、すなをが処分を受けずに済む方法があると。
耕平が協力すれば、処分を受けずに済む方法があると。
その方法を検討すると、確かにすなをは言った。
だから、審判には一緒に行こうと、約束したのに!
「それが、……っ、これかよっ!」
耕平は、右手の中のコンパスを握りしめる。
そして、コンパスの下に置かれていた、一枚のルーズリーフ。
耕平が、メモ用として、すなをにあげたものだ。
〈今までありがとう。そしてごめんなさい。
コーヘイのこと、ずっと忘れない。
生きている中で、一番の思い出だったよ。
もし再生出来たら、またコーヘイに会いたいな。
そしたら、もっと魔法とか上手くなって、
今度は、コーヘイに迷惑かけないように、
嫌われないようにがんばるね。
あっ、グリモアは、置きっぱなしだけど、
あたしの消滅と共に消えるから大丈夫だよ。
悪魔は自分でグリモアを触れないから、ごめんね
もし、一つだけ願い事が叶うなら、
コーヘイがあたしのことを忘れて、
コーヘイにとっての新しい幸せを見つけて欲しいな。
すなを〉
たったこれだけの文章が、耕平の部屋の入り口にそっと置かれていた、丸っこい文字で書かれた、所々に斑点状のシミのある一枚の紙切れが、その答えだというのか?
「伝わっていると思っていたのに!」
再び、耕平は叫んだ。
すなをは、判らないと言った。
自分が、処分を受けて、どうなるか判らないと言っていた。
だけど、
すなをは、自分がどうなるか知っていたのだ。
だから、
その世界の事を何も知らない耕平に、曖昧な返答をし、すなを自身は心を決めていたのだ。
「約束や……ぶりやがって! 見つけ……たらお仕置きだっ!」
でも、
〈門〉を開いたときに、耕平は、その世界の理を少しだけ学んだ。
だから、すなをが知っている、『処分を受けずに済む方法』が、どんなものか、その対価に何が必要なのか、耕平は想像出来ていた。薄々は感づいていたのだ。
「それでも構わない、って意味で言ったんだよ! 僕はっ!」
耕平は、勢いを付け、塀の切れ目を曲がった。
突然、視界が開け、広い道に連なる町並みと、ビルと、その喧噪が飛び込んでくる。
大通りでは、車が断続的に通りすぎ、日曜日をショッピングや娯楽施設で過ごそうという、夫婦や、若いカップルや、耕平と同じぐらいの少年が、談笑をしながらゆっくりと朝のひとときを過ごしていた。
その、人の脇をよけながら、ただ一人、時間軸の異なる耕平が、ひた走る。
「一番の思い出ぇ? 僕は、すなをの思い出なんか、全然いらないし! すなをと思い出を作っていきたいって言ってるのに、何で解ってくれないんだよ!」
耕平の方を振り返り、クスクス笑う女性。
確かに、こんな日に、こんな時間に、目に涙を浮かべ、何かを叫びながら走る姿なんて、端から見たらみっともないのかも知れない。
あきらなら、「朝倉ぁ~、宇宙人に操られてるのかぁ~?」って言うかも知れない。
ほのかなら、「も~、耕平。やめてよね~、ありえないし~」って言うかも知れない。
大山なら、「うむ、その行動は建設的ではないな。論理性に欠ける」って言うかも知れない。
……だから何なんだ!
茶番だと笑われたってかまわない。
でも、
大切なものを、すなをを失いたくない、それに理由なんて必要なのかな?
そのために、今走ることは、そんなにバカバカしいことなのかな?
ずっと一緒に居たい、そう思うことは、おかしいのかな?
相手が悪魔だったら、駄目なのかな?
すなをだって同じ気持だったんじゃないのか?
そうだろ?
なら、
すなをの犠牲で、自分だけが生き残っても、何の意味もない。
そんな単純なこと、解っていたんじゃないのか?
「はっきりと、言葉で伝えなきゃいけなかったのか? でも、どうしたら良かったんだよ!」
ほのかの言うとおり、言葉で伝えなきゃ、伝わらないのかも知れない。
でも、想いを伝えるには、言葉は不完全すぎて、実際、誤解して、危うくすなをと決別しそうになって……。
言葉で想いを伝えることは不可能。
どうすればいいか、やっと気付いたと思っていたのに。
……いや、まて、そうじゃない。
やっぱり、言葉は必要なんだ。
「そうか!」
想いを言葉で伝えようとするから上手くいかないんだ。
だったら、想いを言葉に乗せればいいんだ。
そうすれば、言葉と共に、言葉では足りない部分も伝わるはずだ。
それで、想いは完全に伝わると思う。
きっとそうだ。
今度はしくじらない。
そのために、もう一度、
本当にこれが最後、
もう一度、すなをに会わなければ……
「すなを、早まるなよ! 僕の目の前でどうするかを決めろ。俺の目を見て、判断してくれ!」
すれ違いざまに、男性が、びっくりして振り返る。
馬鹿と思われても結構。
みっともなくっても結構。
一生分の幸せを取り戻しに行くんだ。
人々の嘲笑など、些細なことじゃないか。
そうは思わないか?
ぱらぱらと、雨が耕平の頬を打ち付け始めた。
耕平は、高鳴る鼓動に喘ぎながら、さらにペースを上げた。




