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私の住むせかい ~ 一つの願い事 ~  作者: みずはら
(第五章)一つの願い事
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5ー(5ー2)

 耕平は、初めてすなをが現れた日のことを思い出す。


 あの時も、震えていた。

 尊大な態度を取って、自分が悪魔だと、……悪魔らしくするべきだと、虚勢を張っていた、あの時。

 大山から借りた本によれば、古来から人間は悪魔を求めて止まなかったという。

 そのために、様々な研究が行われ、魔法円の開発、改良を重ね、一部では悪魔を呼び出すことに成功したという記述もある。

 そんなうんちくなど、どうでも良いが、つまり、少なくとも、言えることは、悪魔とは「人から切望されて」呼び出される物であり、それだけに、悪魔は、常に一段上から、その特徴である特殊能力によって、力なき愚かな人間の望みを叶えてやっているのだ、と言うプライドを持って、人間に使われるという立場を甘んじて受けていたのだろう。

 だけど、実際には、過去に十二回も契約を解除され、すなをの悪魔としてのプライドは、ずたずただったのだろう。


 そして、最後のチャンスであった契約者は、悪魔を全く信じていない人間で……、軽い冗談で実現不可能な願いを伝え、でも、そんな耕平とは反対に、悪魔としてのラストチャンスをものにすべく、すなをは真剣そのものだった。

 契約のために、願い事を叶えようと必死だった。

 生意気で、トラブルばかり起こして、耕平の穏やかな日常生活をことごとく破壊して来たすなを。

 でも、そんなすなをが、今や、耕平にとって、かけがえのない日常になっていた。

 ……そのすなをが、僕のせいで目の前から消えてしまうと言うのか?


「ねぇ、コーヘイ」

 すなをの言葉に、耕平の思考が途切れる。

「うん?」

「今までごめんね? 結局、コーヘイの役に立てなかったし」

「なにを今更。……そんなこと、気にしていたのかい?」

 耕平は笑った。

「ううん、……でも、願い事叶えて、魔法も上手く使って、色々コーヘイの役に立って、……コーヘイの喜ぶ顔、見たかったなぁ」

「すなを……」

 どくん、と耕平の中で脈打つ。

 耕平は、自分が、今の今までとんでもない勘違いをしていた事を悟った。

 同時に、すなをの今までの行動の意味を、すなをが何のために行動していたのかを、全て理解した。


 コーヘイの喜ぶ顔が見たかった。


 いつからか、すなをにとって、契約のことなど、既にどうでも良かったのだ。

 悪魔としてではなく、一人の少女すなをとして、契約者ではなく、一人の少年、耕平に喜んでもらおうと、必死だったのだ。

「初めてだったんだよ。……あたしのこと、必要だって言ってくれて、それに……、何時だって契約解除出来たのに、今日まで……」

 すなをの声が上擦る。

 首筋に落ちてくる冷たい物に、耕平の奥底から熱いものがこみ上げた。

 ……僕は、史上最悪の馬鹿だ!

 そんな、すなをの想いと覚悟も知らず、いつも、すなをのやることを否定してばかり。

 そんなことなら、もっと優しくしてあげるんだった。

 もっともっと、すなをを喜ばせてあげるんだった。

 すなをは、色々なことをしてくれていたのに、自分は?

 何一つ、してあげられなかったじゃないか!


「なあ、すなを?」

 耕平達の遙か頭上で、飛行機が追い越していく。

「うん?」

「すなをがさ、その、処分を受けない方法って何か無いの?」

 耕平は問う。

 すなをを失わずにすむ、その方法を。

 絶対、何か道があるはずだ。

 だって、ファンタジーじゃないか、今まで読んだどんな話だって、絶体絶命の中に必ず糸口が用意されていた。

 今回だって、誰かが書いたシナリオで、こうして、奇跡的にすなをと仲直り出来たじゃないか。

 だから、この話の結末もきっと……

「!」

 すなをが一瞬固まる様子が、腕越しに伝わる。

 ……やっぱり!

「ほら、協力するからさ、その方法を教えて。ね?」

 こぼれる笑みを抑えながら、耕平は、すなをを促した。

 唯一の望みにすがる耕平に、しかし、すなをは答えない。

「すなを? 僕の責任でもあるからさ、何でも協力するし。方法、あるんだろ?」

「……」

「ほら、プライドとか言ってる場合じゃないだろ? ふふ、今更、僕の前で格好付けても駄目だよ? ……そりゃ、多少の問題はあるかも知れないけど、どうなるか分からない処分を受けるよりはましだと思うよ?」

 徐々にすなをの鼓動が速くなっていく。

「――けど……」

「え?」

 聞き取れず、耕平は聞き直す。

 すなをの顔が歪む。

「一つだけ、あるけど……」

 すなをの腕に力がこもる。

「じゃあ――」

「…………うん、そうだね。審判の時に選べるんだ。どうするか、……考えてみるよ。……少し寒くなってきたし、早く帰らなきゃ。ちょっと、……スピード上げるね」


 眼下を流れる光が速くなり、心地よい夜風が頬を打ち、耕平の髪を靡かせた。

「ふふ、おっけー。もう、この期に及んで意地っ張りは無しだよ? じゃあさ、明日、審判だっけ? 一緒に行こう!」

「一緒に……。うん、……ありがと、……コーヘイ」

 一瞬不安を覚えた耕平だったが、すなをの感慨深げな声に頷くと、再び前を見た。

 だから、すなをが顔を歪め、その目から流れ出る大粒の滴が、シンとした空間の中、月光を弾いてキラキラと舞っていくのを、耕平が見ることはなかった。


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