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耕平は、初めてすなをが現れた日のことを思い出す。
あの時も、震えていた。
尊大な態度を取って、自分が悪魔だと、……悪魔らしくするべきだと、虚勢を張っていた、あの時。
大山から借りた本によれば、古来から人間は悪魔を求めて止まなかったという。
そのために、様々な研究が行われ、魔法円の開発、改良を重ね、一部では悪魔を呼び出すことに成功したという記述もある。
そんなうんちくなど、どうでも良いが、つまり、少なくとも、言えることは、悪魔とは「人から切望されて」呼び出される物であり、それだけに、悪魔は、常に一段上から、その特徴である特殊能力によって、力なき愚かな人間の望みを叶えてやっているのだ、と言うプライドを持って、人間に使われるという立場を甘んじて受けていたのだろう。
だけど、実際には、過去に十二回も契約を解除され、すなをの悪魔としてのプライドは、ずたずただったのだろう。
そして、最後のチャンスであった契約者は、悪魔を全く信じていない人間で……、軽い冗談で実現不可能な願いを伝え、でも、そんな耕平とは反対に、悪魔としてのラストチャンスをものにすべく、すなをは真剣そのものだった。
契約のために、願い事を叶えようと必死だった。
生意気で、トラブルばかり起こして、耕平の穏やかな日常生活をことごとく破壊して来たすなを。
でも、そんなすなをが、今や、耕平にとって、かけがえのない日常になっていた。
……そのすなをが、僕のせいで目の前から消えてしまうと言うのか?
「ねぇ、コーヘイ」
すなをの言葉に、耕平の思考が途切れる。
「うん?」
「今までごめんね? 結局、コーヘイの役に立てなかったし」
「なにを今更。……そんなこと、気にしていたのかい?」
耕平は笑った。
「ううん、……でも、願い事叶えて、魔法も上手く使って、色々コーヘイの役に立って、……コーヘイの喜ぶ顔、見たかったなぁ」
「すなを……」
どくん、と耕平の中で脈打つ。
耕平は、自分が、今の今までとんでもない勘違いをしていた事を悟った。
同時に、すなをの今までの行動の意味を、すなをが何のために行動していたのかを、全て理解した。
コーヘイの喜ぶ顔が見たかった。
いつからか、すなをにとって、契約のことなど、既にどうでも良かったのだ。
悪魔としてではなく、一人の少女すなをとして、契約者ではなく、一人の少年、耕平に喜んでもらおうと、必死だったのだ。
「初めてだったんだよ。……あたしのこと、必要だって言ってくれて、それに……、何時だって契約解除出来たのに、今日まで……」
すなをの声が上擦る。
首筋に落ちてくる冷たい物に、耕平の奥底から熱いものがこみ上げた。
……僕は、史上最悪の馬鹿だ!
そんな、すなをの想いと覚悟も知らず、いつも、すなをのやることを否定してばかり。
そんなことなら、もっと優しくしてあげるんだった。
もっともっと、すなをを喜ばせてあげるんだった。
すなをは、色々なことをしてくれていたのに、自分は?
何一つ、してあげられなかったじゃないか!
「なあ、すなを?」
耕平達の遙か頭上で、飛行機が追い越していく。
「うん?」
「すなをがさ、その、処分を受けない方法って何か無いの?」
耕平は問う。
すなをを失わずにすむ、その方法を。
絶対、何か道があるはずだ。
だって、ファンタジーじゃないか、今まで読んだどんな話だって、絶体絶命の中に必ず糸口が用意されていた。
今回だって、誰かが書いたシナリオで、こうして、奇跡的にすなをと仲直り出来たじゃないか。
だから、この話の結末もきっと……
「!」
すなをが一瞬固まる様子が、腕越しに伝わる。
……やっぱり!
「ほら、協力するからさ、その方法を教えて。ね?」
こぼれる笑みを抑えながら、耕平は、すなをを促した。
唯一の望みにすがる耕平に、しかし、すなをは答えない。
「すなを? 僕の責任でもあるからさ、何でも協力するし。方法、あるんだろ?」
「……」
「ほら、プライドとか言ってる場合じゃないだろ? ふふ、今更、僕の前で格好付けても駄目だよ? ……そりゃ、多少の問題はあるかも知れないけど、どうなるか分からない処分を受けるよりはましだと思うよ?」
徐々にすなをの鼓動が速くなっていく。
「――けど……」
「え?」
聞き取れず、耕平は聞き直す。
すなをの顔が歪む。
「一つだけ、あるけど……」
すなをの腕に力がこもる。
「じゃあ――」
「…………うん、そうだね。審判の時に選べるんだ。どうするか、……考えてみるよ。……少し寒くなってきたし、早く帰らなきゃ。ちょっと、……スピード上げるね」
眼下を流れる光が速くなり、心地よい夜風が頬を打ち、耕平の髪を靡かせた。
「ふふ、おっけー。もう、この期に及んで意地っ張りは無しだよ? じゃあさ、明日、審判だっけ? 一緒に行こう!」
「一緒に……。うん、……ありがと、……コーヘイ」
一瞬不安を覚えた耕平だったが、すなをの感慨深げな声に頷くと、再び前を見た。
だから、すなをが顔を歪め、その目から流れ出る大粒の滴が、シンとした空間の中、月光を弾いてキラキラと舞っていくのを、耕平が見ることはなかった。




