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私の住むせかい ~ 一つの願い事 ~  作者: みずはら
(第一章)雨の中で……
6/68

(2-2)

 九月とはいえ、夜は十分に涼しい。早く着替えないと風邪を引くかも知れない。

 と、突然、耕平の腹の辺りがもぞもぞと動き、思いっきり突き飛ばされる。

「わっ!」

 たまらず、耕平は尻餅をつく。辛うじて水たまりは避けたのが、不幸中の幸い。

「なにすんのよっ! 汚らわしい手で触らないでよっ! まったく、人間ごときが!」

「……」

 鋭い目つきで耕平を睨むすなをに、耕平は言葉を失った。

 月光をはじくその顔は、言葉に反して無表情で、冷たく、さながら冥界の審判者のようだ。

 滴が、次から次へと髪を伝っては耕平の襟元を濡らす。

 確かに、庇って欲しいと頼まれた訳じゃない。だけど、いくら何でもその言い方はないだろう。

 耕平は、情けなさと悔しさで泣きそうになった。


 うなだれる耕平を見下ろしていたすなをは、ふと、うなり声を上げながら遠ざかっていく赤い光の筋を見、耕平の後ろにある、ひときわ大きな水たまりで粉々になって揺れている黄色い月を見つけ、自分の服を見、ずぶ濡れの耕平に視線を戻すと、小さく息を呑んだ。

「そ、そうだっ。そんなことよりも、願い事っ、願い事を言いなさいよっ!」

「願い事ぉ?」

 仏頂面ですなをを見上げる耕平。

 謝るとか、そういう発想はないのか。耕平の声に不機嫌さが混じる。

「そ、契約者は悪魔に一つだけ願い事が出来るの。自分の欲望を叶えるために、人間はあたし達を呼び出すんじゃない。てか、じゃあ、コーヘイは、何のためにあたしを呼び出したのよ!」

「……」

 もう、答える気力すらなくなる。すなをの全てが鬱陶しく感じ、耕平は、すなをから目を反らした。

 すなをの顔に、再びざわざわとした感情が映り、唇をかむ。

 すなをは目を閉じると、軽く深呼吸をし、

「そ、その、わ、悪かったわよ」

 伏し目がちにそう呟いた。

「……」

 ……なんだよ、その偉そうな謝り方。

 耕平は、ぞんざいな視線をすなをに向けた。

「な、何よっ。解らなかったんだから仕方ないじゃない! それならそうとちゃんと説明してよね!」

「……」


 もう、どうでも良くなり、耕平は、再び下を向く。

「とっ、とにかく、悪かったのっ! 悪かったからっ! 願い事っ! ねっ?」

 沈黙に耐えられなくなったのか、すなをは半ば悲鳴に近い声を上げた。

「わかったよ。じゃあ、この服を乾かしてくれよ」

 面倒臭くなり、耕平は思いついたことを口にする。

「なっ、……そんなこと、後でいくらでもやってあげるわよっ! 願い事ってのは、自分の命と引き替えてでも叶えたい事とかよっ。悪魔呼び出しておいて、服乾かせなんて、あたしを馬鹿にするにもほどがあるわっ! もっと真面目にやりなさいよ!」

 すなをは大声でまくし立てると、耕平を睨んだ。


「じゃあ……」

 耕平は、精神のバランスが狂うのを感じていた。

 一つ譲歩すると、すぐに自分のペースに戻る。一体どれだけ性格が悪いのか。

 つけ上がるのもいい加減にして欲しい。

 耕平は、とにかく、目の前の訳のわからない少女を懲らしめてやりたくなった。

「じゃあさ、僕の父さんを探してくれよ。本当は、母さんもだけど、願い事は一つなんだろ?」

 内なる感情に反して、きわめて冷静な声。

 まるで、第三者が話しているような感覚。

「父さん? なにそれ。じゃあ、コーヘイの家には誰が居るのよ?」

 耕平の変化に気付かないのか、すなをは怪訝そうな表情をした。

「父さんと母さんは、僕が小学生の頃に海外に行ったきり、会えないんだ。これから行く家は、叔父さんと叔母さんの家だよ」

 耕平の言う通り、今は母親の妹である美佐と、その夫である山村海雲の家に住んでいるのだ。海雲は、耕平が住んでいる寺、松年寺の住職である。

「ふうん、じゃ、コーヘイのお父さんを連れてこればいいのね」

「そうそう。出来るわけ無いと思うけどね!」

 耕平は口の端を上げた。

「出来るわよっ! あたしを誰だと思ってるの? いいからっ、グリモアを出してよ!」

 自尊心を傷つけられたのか、すなをは顔を真っ赤にすると、耕平の鞄を指さした。


「ああ」

 これでやっとおかしな問答から解放される、と、耕平は、鞄からグリモアを取り出す。

 すなをは、ちらりとグリモアを見ると深呼吸をし、何かをつぶやいた後、

「契約しました」

 と、凜とした声を出した。

「おしっ」

 耕平の手の中で、グリモアが青白く光ったことを確認し、ぐっと拳を握るすなをに、「もう、二人ともこの世には居ないけどね」と呟く耕平の声が、届くことはなかったが。


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