5ー(5ー1)魔法
耳元でピュウピュウと、風切り音がする。
ゆりかごのように、ふわふわして安定しないような、それでいて、がっしりと固定されているような、不思議な感覚に、耕平の意識が覚醒する。
月光に照らされた漆黒の空間。
眼下には、無数の光が瞬いており、ゆっくりと後ろへと流れていく。
その光が、街の明かりだと気付く。
……えっ?
「わーーーーっ!」
耕平は、情けない声を上げる。
「コーヘイ、気が付いた?」
耳元でする、嬉しそうなすなをの声。
「あれ? 僕……どうして?」
「ふふっ。まあ、いいじゃない~」
耕平は、すなをに抱きかかえられた状態で、空を飛んでいることに気付く。
耕平は、すなをを見上げた。
「これ、すなをが……やってるの?」
「うんっ。言ったでしょ? あたし、空を飛ぶのは誰よりも上手いって。他の悪魔なら、道具を使わずにこんな事出来ないし」
すなをは、耕平を見て笑った。
青い髪が風に靡き、ふわふわと揺れている。
「ふーん。確かにそうみたいだね」
耕平は、眼下を流れる景色をぼんやりと眺める。
先ほどから何かを思い出しそうだが、ぼんやりとした感覚のため、思い出せない。
すなをを救い出した後、軍関係の男が〈門〉を越えて来て、すなをが魔法を使って……。
あれからどうやって助かったんだっけ。
いや、そのことじゃなくて。
「ここは、コーヘイのいる世界。あたしの住むせかいだよ。……綺麗でしょ?」
「うんうん」
感慨深げなすなをの声を聞きながら、耕平は記憶の断片を拾い集める。
「この世界を守るためなら、あたしは何だってするわ」
すなをは、呟くように、だが、力強い声音でそう言った。
「それは心強いな~。……でも、魔法は使っちゃだめだよ」
「もー、わかってるって~」
すなをの少し拗ねたような声音に、耕平は笑った。
「……そう言えばさ、何で空飛んでるの?」
結局、思い出したいことを思いつかないまま、耕平は直接的な疑問を口にした。
「え? あ……、別に良いじゃない。……最後に、サービスだよっ」
すなをの腕に僅かに力がこもる。
「最後? って、……あっ!」
『最後』と言う言葉に、耕平の記憶がよみがえった。
「ペナルティだっけ? ……ごめん。最初からすなをを信じていれば……」
「それは、もう良いの。あたしにも、契約の吟味をする義務があったわ。それを怠ったあたしの落ち度よ」
「そんな……」
耕平は、かける言葉が思いつかない。
すなをは表情を改めた。
「さっきも言ったけど、明日、……審判があるの。七日目よ。コーヘイの願いを叶えられなかったあたしは、契約履行違反で、それ相応の処分を受けるわ。明日でお別れ。だから、もう……いいの」
背中越しに伝わってくる鼓動に、自分の鼓動が加わる。
「すなを? ……あのさ、……処分って、悪魔としての存在を抹消って、どうなるの? 何か、組織みたいなところから追い出されるの?」
魔法使いに協会があるってのは、以前小説で読んだことがある。
悪魔はどうか知らないけど……。
「……」
すなをは答えない。
「いや、守秘義務とかあるなら良いんだけどさ。僕には、どうすることも出来ないから。でも……」
「分からないの」
「え?」
「あたしも、今回が初めて……ていうか、普通に生活している悪魔は、経験することなんか無いと思うし」
「多分、消滅させられるわ」と言う言葉を、すなをは呑み込む。
鼓動と共に伝わってくる震えに、すなをも未知の事でいっぱいいっぱいなのだと、耕平は悟った。




