5ー(4ー3)
耕平に固い笑みを向けると、すなをは、器用にバランスを取り、ゆっくりと立ち上がった。
すなをの胸元で、コンパスが大きく揺れる。
瞬間、すなをがうっすらと燐光に包まれ、すなをの手錠が、銀色の霧になり、消えた。
「え?」
今、明らかに何かが切り替わった。
耕平は、本能的にすなをの変化を感じ取った。
それは、先ほどの変化とは比べものにならないぐらい、とても危険な……。
「う動くなっ!」
男が銃を構え治す。
しかし、すなをは、手首を交互にさすりながら、不敵な笑みを浮かべた。
「あんた達、あたしのこと少しでも知ってるなら、そんな物、利かないことぐらい理解してるわよね」
男に動揺が走る。
「すなを? 何をし――」
「コーヘイは黙ってて!」
先ほどとはうって変わって強い調子のすなをに、耕平は口を閉ざす。
いや、正確には、すなをの意志が耕平にぶつかった瞬間、耕平の言葉が奪われたのだ。
……声が、出ない?
「ちなみに、あんた達が慌てて張った、あんな結界なんか、意味無いわ」
言葉と同時に、男達が置いた五カ所のオブジェが、煙と共に消滅した。
まるで、今までのすなをは仮の姿だったとでも言わんばかりに、その能力が遺憾なく発揮され始める、そんな感じ。
「今までもね、本当は、いつでも逃げられたんだけど、……コーヘイとの約束を守っていただけだし」
……すなを! 駄目だ!
その先に行くと、何か大変なことが起こるような気がする。
耕平は、必死に口を動かすが、その言葉が、音声となってすなをに届くことはない。
〈門〉を開いたときと同じ重圧が、すなをを中心に部屋を満たしていく。
「だ、黙れ! 動くなと言っているだろう」
男は銃を構え治すが、その銃口が僅かに震えている。
「試しに撃ってみる?」
すなをが口の端を上げたまま、小首を傾げ、男に向かって一歩踏み出す。
台詞に似合わないその仕草が、男の恐怖を増大させた。
「F……Freeze!」
「What're you doin'? Hey! Don't shoot!」
異変に気付いた男が、電話を耳から離し、制止の声をかける。
しかし、恐怖に支配された男は、まるで何者かに操られているかのように、スライドを引き、トリガーに指をかけ、銃口をすなをに定める。
直径二ミリぐらいの赤いスポットが、すなをの眉間で静止する。
衛星電話を投げ出し、手を差し伸べ、制止しようとする男を左手で振り払い、
男は、トリガーの指に力を込めた。
一回、
二回、
「――!」
耕平は、恐怖に耐えきれず、目をつぶった。
……
静寂。
……
「……?」
直後、電話の発するノイズや、男の喚き声が耳に飛び込んでくる。
耕平が、恐る恐る目を開けると、男が何やら訳の分からない言葉を発し、目を見開き、銃を見つめている。何度も撃とうとしているようだが、指が全く動いていない。
「あんたの番は終わりね。じゃあ、あたしの番よ。……悪魔を本気で怒らせたらどうなるか、思い知るがいいわ」
不敵な笑みを浮かべたままそう言うと、すなをは何事かを早口でつぶやき、「威力最小限で」と付け加え、スッと右手を挙げた。
包帯の結び目が、ヒラリと宙で踊る。
「さん、……にい、……いちっ、はいっ!」
すなをが指を鳴らすと同時に、電話の向こうが騒がしくなる。
「ほら、早く行かないと、帰る所が無くなっちゃうよ?」
恐らくやったであろう事の、規模の大きさに似合わない、のんびりとしたすなをの声。
男が慌てて電話を取り上げ、何かを喋りかけているが、スピーカーからは、爆音や何かが崩れる音と悲鳴のような声しか聞こえない。
しかし、混声の中、男が何かを聞き取ると、銃を持った男の腕を掴んだ。
「We'll retreat from here immediately!」
「So, I'll fix him!」
「No! We've no time now! ――」
「――」
何かもめているようだ。よくわからないが、すなをが何かをした影響だろう。
数秒後、断続的に空気を切り裂くような大音響と共に、光線が窓の外から差し込む。
「ヘリか!」
光線に目がくらむ耕平の前に、男が立ちはだかった。
何事かをわめき、同時に、耕平の目から火花が散る。
「――っ!」
……すなを!
思わず息が止まる。耕平は、すなをを探そうとするが、僅かの後、身体の力が抜け、視界が暗くなる。
「コーヘイっ! ちょっと、あんた達! 何するつもりっ?」
耕平の頭上で、銃のスライドを引く音がした。
「やめてっ! やめなさい! ……やめろ! 人間! これは、最後通告だ」
すなをの口調が変わった直後、爆音の中、空間を劈くような、何かが爆ぜるような音が、三度響き渡った。
しかし、耕平が二回目以降の音を聞くことはなかった。




