5ー(4ー2)
「おし、ここを何とか乗り切って、残り一日必死に探せば、コーヘイのお父さんを見つけ出せるし。もう大体の位置は特定できてるから、あとは……」
すなをが、嬉しそうな顔で何度も頷いている。
……え?
すなをの言葉に、耕平は、大変な事を思い出した。
「あっ!」
口の端を上げ呟いていたすなをが、耕平の叫び声に、びっくりして耕平を見た。
「その、ホントごめんっ!」
耕平は、目をつぶり頭を下げる。
「?」
怪訝そうな顔をするすなを。
「あのさ、……あの時は、その、信じてなかったって言うかさ、まさか、本気で……」
「何が?」
「だからっ! あのお願い、父さんに会いたいって言う願い! 元々無理だったんだ」
「どうして? そっ、そりゃあたしは、魔法は上手く使えないけど、空飛ぶのは誰よりも上手いし、今までは予定通りよ? あ、いや、まだ見つかってないけど……。その、気配は感じるのに、何故か居なくって……。でも、ほらっ、も、もうすぐ見つかるから、待っててよ、ね?」
すなをは、どう解釈したのか、狼狽する。
耕平は、言うべきか迷ったが、大きく息を吸い込んだ。
「見つからないのは当然なんだ。だって、僕の父さんと母さん、実は、もう、この世にいないんだ。ネバダで、帰りに飛行機が墜落して……」
「!」
血の気が引く音が、もしするとしたらこんな音なのだろうか。
耕平には、すなをの顔から血の気が引いていくのが、暗がりでもよく分かった。
どちらのものか、握られた手がじっとりと湿ってくる。
「だから、ごめんっ!」
「……」
やり場のない怒りと、複雑な感情が、身体を通して伝わってくる。
「すなを?」
「……悪魔と、そんな契約して、ただで済むと思ってるの?」
すなをの声が、一オクターブ下がる。
「ごめん。でも、僕は、これ以上願い事なんて必要ないからさ。契約者が必要ないって言えばいいよね。……って言っても許してくれないと思うから、別に、好きにしてくれればいい」
「……契約ってのは、そんな軽々しいものじゃないわよ。本当に、死んだ父親に会うのが望みだったら、出来ないことはないわ。でも、対価として、確実にコーヘイは半分ぐらい持って行かれるわね。どうする?」
「本当に、ごめんっ」
すなをの雰囲気が危険な物に変わっていくのが、耕平にも感じられた。
一人の少女の気配から、悪魔の気配へと……。
直後、握られていた手から伝わってきていた、すなをの感情が途絶える。
「……なーんてね。ちょっと、言ってみただけ。冗談よ」
すなをはおどけて見せたが、その目は笑っていなかった。
重々しい沈黙が空間を満たす。
衛星電話で喋っている男の声だけが聞こえ、こちらに向けられている銃口が、月光を浴びて、鈍く光る様子が、何だか他人事のような感覚を受ける。
悪魔を本気で怒らせたらどうなるのか。多分、これから自分は、それを経験するのだろう。
耕平は、覚悟を決めた。
「頑張ったのにな。……どちらにせよ、終わりだったんじゃん」
「え?」
聞き直す耕平に答えず、長い沈黙を破ったすなをは、ゆっくりと耕平の方を向いた。
その表情は、何も映し出していなかった。
「もう、コーヘイとの約束は守らない」
すっと、握られていた手が離れた。
手の平がひんやりとする。
「何が? 何で?」
「守る必要が、……なくなったからよ」
すなをは、口の端を上げる。しかし、それは、見下すと言うものではなく、何やら複雑な笑みに見えた。
「ど、どうして?」
「契約者の願い事。七日目で達成出来てなかったら、契約履行違反でペナルティ。だから、あたしは処分を受けるわ。もちろん、契約解除されてもだけど……」
「七日間? 処分? どういう事?」
契約解除は知っているが、そんな話、初めて聞いた。
耕平の質問に答えず、ぼんやりとした視線で虚空を眺め、言葉を続けるすなを。
「因みに、あたしは十三回目のペナルティになるわね。だから、もう終わり」
「終わりって?」
すなをは、少し息を吐いた。
「幸いにして、今日までコーヘイに契約を解除されなかったわ。それは……その、か、感謝してるわよ。だけど、結局コーヘイの願いを叶えられないから、契約履行違反、十三回目。今回が、ラストチャンスだったの」
「ごめん、話が見えないんだけど」
「本当に何も知らないのね」と口の中で呟くと、すなをは耕平の目をじっと見た。
「あたしね、まだ見習いなの。それは、グリモアに表示があったはずよ。正式ライセンスを取るために、受験中だったの。でも、前も言ったけど、過去に十二回とも契約解除されて、今回が十三回のペナルティで。それで、あたしは、審判にかけられるし。その先はあたしも知らない。悪魔としての存在を抹消って規約には書いてあるわ。十二回目までと今回とでは、全然違うの。だから、終わり」
「!」
耕平は、雷に打たれたように全身の感覚が麻痺するのを感じた。
取り返しのつかない事により、事態が深刻であることを、またしてもその原因が自分にあることを、何となく理解した。
「いいの、……コーヘイのせいじゃない。あたしの責任だし」
「すなを……」
状況が理解を超え、かける言葉を失う耕平。
「コーヘイ。これ取ってっ」
すなをは、突然明るい声を出し、自分の腰をあごで示す。
その先にあるのは、熊のアクセサリー。
「なっ! どうする気だ!」
「えっ?」
そのアクセサリーが喋り、耕平はびっくりする。
「コロップは黙ってて! 契約者を守るために、ここを出るに決まってるじゃない。……さあ、コーヘイ。早く取って。あたし、こんなだし」
すなをは、手錠を耕平に見せる。
耕平は、訳が分からずに「なっ、ちょっ、やめろっ、人間! どうなっても知らないぞ!」などとわめくアクセサリーを、すなをから取り外した。




