5ー(4ー1)一生分の幸せ
一人の男が、銃口を耕平に定めている。
もう一人の男が、映画で見たことがあるのと同じ形の衛星電話で何かを喋っている。
屈強な男が持っていても、その大きさがよくわかる。
『GPS』と言う単語が聞き取れたから、ここの位置情報でも送っているのだろう。
「馬鹿っ! コーヘイ! 何でこんなことしたの?」
鋭い目で睨み付けるすなをに、耕平は微笑みかけた。
「ごめん。どうしてもさ、もう一度すなをに会いたかったから。ほんと、それだけなんだ」
「!」
すなをは息を呑み、下を向いた。
固く握りしめているすなをの手から、密着している身体から激しい鼓動が伝わってくる。
すなをの手は、銀色に鈍く光る手錠で、後ろ手に拘束されているが……。
「あのさ、もう二度とすなをに会えないかもって思ったら、本当に怖くってさ。必死だったんだ」
すなをは一瞬複雑な表情をしたが、すぐに表情を改めた。
「……ねぇ、コーヘイ」
「うん?」
すなをの神妙な声に、耕平は身構える。
「何と、……交換したの?」
「え?」
「だからっ、〈門〉を開く時よ。相応の対価を差し出して、番人が納得しないと、開かないのよ? 普通。大体、人間が〈門〉を開けようとして、無事だったためしはないわ」
すなをは、目を見開いた。
「まさか、命? それなら、あたしが――」
「いや、命じゃない」
「……じゃあ、なに?」
息を吐き、すなをは耕平を見上げた。
「――」
「聞こえない、何?」
耳を寄せるすなを。
「――!」
耕平は、「何度も言わせないでよ」と、顔を赤くしてぼそぼそと告げる。
すなをは、その言葉を確認すると、まじまじと耕平を見た。
「……はぁ? 一生分の幸せぇ? そんな大切なものを差し出したって言うの? どうかしてるわ!」
すなをは、大げさにため息をつく。
「一体、人間が自分の幸せを得るために、どれだけ大変な思いをしてると思ってるの? それを得るために、多くの者を犠牲にしてまで、あたし達悪魔を呼び出す者が絶えないぐらいなのに。人間にとって、幸せは、何事にも換えられないもののはずよ? 一体、コーヘイはこれから何を糧に生きてくつもり?」
何故か、すごい剣幕でまくし立てるすなを。
握られた手に力がこもる。
恐らく、過去の契約者、いや、悪魔と人間との歴史がそうだったのかも知れない。
でも、耕平は、全く後悔してなかった。
「うん、良く解らないけど、どうせ、あのまま生きてても、僕に訪れそうな幸せなんて、一生分集めたってたかが知れてるなって思ってさ」
耕平は、微笑むと、すなをを見つめた。
「だったら、どちらか一つなら、すなをを選んだ方が良いかなって思ったんだ」
「……、ど、どういうこと?」
すなをの声がうわずる。
……今なら言える
危うく、永遠に伝えられないところだった言葉を伝えるために、耕平は息を吸った。
「僕にとって、すなをが居ない世界なんて守る価値もないって事。すなをがいる世界が、僕の住む世界。だから、……昨日のは、本心じゃないんだ。というか、その……、むしろ逆で、だから、あんなこと言っちゃって、本当にごめん」
「!」
すなをの顔が、耳まで真っ赤になる。
このとき、耕平は、本当にすなをが愛しいと思った。
この少女の前で、こんなにも素直に、そして幸せな気分になれる自分がいる。
他には何もいらないと思った。
「だから、僕の一生分の幸せ、よろしくね?」
耕平は笑う。
「ば、ばっかじゃないの? あたしなんかに、……コーヘイの一生分の幸せなんか、何とか出来るわけ無いじゃない。そんな物差し出しちゃって、……あたしに、どうしろって言うのよ……。あたし、どうしたらいいのよ……」
しかし、すなをは思い詰めた表情で下を向き、上擦った声で呟いた。
「ごめん……」
喜ぶと思ったのに、またもや、自分の勝手ですなをを追い詰めてしまったのか。
耕平は、気持ちを上手く表せず、言葉に詰まる。
と、すなをは、勢いよく顔を上げた。
青い髪が激しく揺れる。
「だっ、だからっ、そんなあたしでも良いってのなら、一生コーヘイのそっ……、そっ、側に居て、幸せが訪れるように頑張ってあげるわっ! 今更嫌って言っても手遅れよっ!」
「うん、ありがとう」
耕平は笑った。
すなをは、顔を真っ赤にしたまま下を向き、「ありがとうじゃないわよ、頭おかしいわよ……馬鹿」と口の中で呟いた。
何でだろう、すなをの憎まれ口が、今ではこんなに心地よく、愛おしい。
口ではああ言ってても、固く握られた手から、ぴったりと密着した身体から、すなをの鼓動と共に、溢れる想いが伝わってくる。
それが解るから、すなをの本当の気持ちが解るから、耕平は、その言葉に不安を覚えない。
そうか、と、耕平は気付く。
スキンシップって、物理的な距離を近づけるだけじゃなくって、心の距離を近づけるためのものなんだ。
言葉は不完全で、不安だから、だから、心で会話をするために、互いを求め、触れ合うのだと。
……何だ、よく考えたら、最初から判っていたじゃないか。
耕平はクスクスと笑う。
最初は、本当に嫌だった。
早くいなくなれと思っていた。
でも、あの日の夜、すなをがうなされていた夜、お互いの気持ちは確認出来たのではないか。
あの日、耕平の心にすなをと言う少女が住み始め、日に日にその存在が大きくなり、その度に不安も大きくなっていった。
じゃあ、すなをはどう思っているのか……、と。
自分と同じだけの存在が、はたして、その心に住んでいるのだろうか、と。
それを、不確定な〈言葉〉と言うものでわざわざ再確認しようとし、失敗し、傷つき、根拠のない不安を増大させていただけだ。
冷静に思い返せば、すなをは、何時だって耕平の一挙一動を気にしていたではないか、何時だって耕平を見ていたじゃないか
……僕達、ずいぶん回り道したんだなぁ
手を握る、こんな簡単なことで得られる情報を、今まで、触れ合うこともせず、無機質な言葉に乗ってくるものを待っていただけ。
手を伸ばせば、いつでも触れられる距離にいたのに……。




