5ー(2ー2)
耕平は、メモリーを抜き取ると、ネットワークケーブルを差し込み、ウェブ・ブラウザを開く。
震える手で、「時差」と打ち込み、検索する。
もう、喉はからからだ。
出てきたページで、「4時30分AM」を選択し、「計算」ボタンを押す。
スクロールしていき、耕平の手が止まる。
〈ネバダ州 11時30分 昼(昨日)〉
ビンゴ!
いや、これだけであればこじつけであるが、先ほどの一瞬鮮明に映った人型の物体。
頭から靡く物は青く、それにつながり、旋回の際、きらりと太陽光を弾き落下していったそれは、円形をしていて、耕平には見覚えがあった。
急降下しているときに、差し出していたのは確かに右手で、その先には恐らく……。
耕平は、押し入れを振り返った。
昨日、早朝に、固く握りしめられていた右手で、すなをが握っていた物。
あの時感じた香り。今思えば、硝煙の臭い。
よく考えれば、映像内のゲームのような表示、あれは戦闘機のHUDではないのか。
「馬鹿か、……あいつは」
耕平の声が震える。
ビデオを見直しても、前半は、一見追い詰められているように見えるが、明らかに逃げているすなをの方が余裕。
まるで、追いかけっこを楽しんでいるかのようだった。
だが、その物体が落ちた途端、態勢が大きく変わり、無防備にそれを取ろうとするすなをを、戦闘機の弾丸が貫いたのだろう。
生命の危機に晒されながらも、コンパスを取り戻し、無我夢中で、耕平の下に戻ろうと、よくわからないが、空間移動をしたのだろう。
「悪魔なら、魔法使ってやっつけるとかさ……。そりゃ、魔法は禁止って言ったけど。大体、コンパスなんか拾いに行って撃たれるなって言うの! 命賭けるほどの物かよ!」
身体の中から次々に押し寄せる物で、気が狂いそうになる。
「コンパスなんか、欲しけりゃまたあげたのに!」
耕平の声にびっくりしたのか、窓の外でバタバタと鳥が飛び立つ。
何で、あんなに必死にコンパスを取りに行ったのか、理解できない。
……そもそも、本当にネバダに行っていたなんて。
耕平は、初めて会った日から、自分の失言が、すなをを追い詰めていたことを悟る。
思いつきで言った、あの時は、本当に鬱陶しかった。
生意気なすなをの困った顔を見たくて、ほんの軽い気持ちで、物理的に不可能な願いを口にした。
もう、この世にはいない、父親と会いたいなどと。
それを、すなをは探しに行っていたというのか?
『もう、還ってこれないかと思った』
腕から血を流す、すなをの声が思い出される。
もしかすると、還ってこれないかもしれない事を、毎晩、あんな事をしていたと言うのか?
耕平の願いを叶えるために。
そんなすなをの行動を、耕平は『悪戯』で片付け、あげくは『迷惑』とまで言ってしまった。
……あんなこと、言うんじゃなかった。
ちゃんと、すなをから事情を聞けば良かったのだ。怒るのはそれからでよかったじゃないか。
それを……
耕平は、唇をかんだ。
昨晩のことも、それなら納得がいく。
恐らく、あの堅気とは思えない屈強な男達は、軍関係の人間なのだろう。
毎回、軍事施設に侵入していたのであれば、衛星で追跡されていた可能性だってある。
故に、場所まで特定されていた。
今は、科学万能の時代で、おおよそのことは人間の技術で出来てしまうのだ。
すなをは、奴らと行動を共にしていたのではなく、奴らに連れ去られそうになっていたのだ。
そして、不幸にも遭遇してしまった耕平を逃がすために、無関係を装うために、あんな事を言い出したのではないのだろうか。
耕平を早くその場から立ち去らせるために、怒らせようと、わざと酷い言葉を選んで……。
……遅すぎた。
一体、何度目の後悔なのか。
今更気付いても、もう、取り返しが付かない。
すなをはもうここには居なく、どこに連れて行かれたのかも見当が付かない。
耕平は、足下にぽっかりと大穴が空き、奈落の底に落ちていくような感覚に陥る。
いや、もし、ここに奈落があるのなら、本当に飛び込みたかった。
『まだ、間に合うと思うんですよね。信じていれば。でも、それは、先輩次第……かな』
「え?」
突然、女性の声がしたような気がし、耕平は虚空に視線を彷徨わせる。
聞き覚えのない声だ。
首を傾げ、何気にスラックスのポケットに突っ込んだ耕平の指の先に、軽い感触。
「!」
取り出すと、四つに折られたメモ用紙。
〈グリモアが手元にあるって事は、まだ繋がっている証拠。
それを求めるなら、門を開けばいい。
やるかやらないかは、キミ次第!
だって、あの子は、いつだってキミに期待はしているけど、
求めてはいないから〉
「そういうことか……」
丸っこい字で書かれたメモを見ながら、耕平は呟く。
不思議と驚きは無かった。
明らかに耕平に見せるために用意されたかのような、ビデオクリップ。
どういう訳だかポケットに入っていた、すなをに繋がるメモ。
まるで、誰かが書いたシナリオに沿っているかのように、偶然を装ってヒントを与えている。
だったら、自分は、そのシナリオに乗せられて、行動すればいいのだ。
その先が、ハッピーエンドか、バッドエンドか、そんなことは知らない。
耕平とすなをの周りだけの、少しだけ異なった日常。
耕平とすなをが、その物語の登場人物なのだ。
どうせ、耕平の世界の常識では、もう、どうにもならないところまで来ているのだ。
ほのかだって、耕平の状況など知る由もなく、友達と買い物にでも行っているのだろう。
あきらも、UFOの特番がないか、CSの番組表とにらめっこをしていることだろう。
高山町の片隅で、耕平の周りで、こんな事件が起こっているなんて事は、誰も知らないのだ。
ただ、やるべき事ははっきりしている。
……もう一度会って、すなをにちゃんと謝ろう。
もう一度だけ、すなをに会えさえすればいい。
すなをに謝って、その後、嫌われたって良い、ネズミにされたって構わない。
耕平は、反対側のポケットに手を突っ込み、グリモアを取り出す。
一見、謎かけのような言葉だが、大山のおかげで多少なりとも知識がある耕平、〈門〉の意味は解った。
ただ、どうやって開くのかなんて、耕平は知らなかった。
その実行手段を知っていそうな人物は……。




