5ー(1)記憶
「耕平。耕平ったら」
自分を揺さぶる感覚に対し、耕平は、腕を伸ばして抵抗する。
「耕平っ! 起きなさいっっ!」
部屋中に響き渡るその声に、耕平は跳ね上がる。
かすむ視界の中で、美佐が笑顔で耕平を見下ろしていた。
「あ、叔母さん。おはようございます」
「遅ようございますぅ~。今何時だと思ってるの?」
美沙に悪戯っぽくそう言われ、時計を見ると、昼の一時を回ったところだ。
「昨日遅かったと思ったら……。もう、学校がないからって、一日中寝てちゃ駄目よ?」
「あ……、えと、ごめんなさい」
……あれ?
耕平は、何か違和感を覚える。
「さっ、布団干すから、早く着替えて」
「はい」
耕平は、ベッドから起きあがり、そそくさとTシャツを着る。
「あっ、ズボンもはきっぱなしで~。しわになっちゃうじゃない」
……そもそも、いつの間に寝てたんだろ。
耕平は再び違和感を感じたが、すなをとのことを思い出し、その疑問を取りあえず押しやる。
「ごめんなさい。ところで、すなをは?」
「え? ああ、あの子? 朝からいなかったけど、どこかに出かけているのかしら」
布団を抱え、戸口に向かいながら、美佐。
……そうか、すなをは出かけてるのか。仲直りに、どこか行きたかったのにな。
「そう言えば……」
美佐は、布団を抱えながら、器用にドアを開け、耕平を見た。
「あの子、昨日怪我でもしたの?」
「え?」
「丁度足首の辺りかしら、シーツに血が付いていたのよ」
「!」
美佐は、自分の足首を顎でさしながら怪訝そうな顔をしていたが、すぐに笑顔に戻った。
「押し入れの中に隠してあったのよね。言ってくれればいいのに。取り替えておいたから、帰って来たら言ってあげて」
「う、うん」
「お腹すいてたら、台所にご飯有りますからね」
「うん、ありがとう」
焦る耕平に気付かず、美佐は、耕平に笑いかけると、ドアの向こうに姿を消した。
ドアの閉まる音を聞きながら、耕平は、深いため息をつく。
と、突然大音響で鳴る軽快なメロディーに、耕平は飛び上がる。
それが、自分の携帯電話の音だと気付くのに数秒かかった。
慌てて、ベッド脇から携帯電話を引き寄せると、『着信 ほのか』の表示を確認し、ボタンを押す。
《はろ~、耕平~、元気ぃ?》
底抜けに明るいほのかの声。
「あ、うん」
《な~にぃ~? その声。さては、寝てたでしょ~》
「え? あ、うん。今起きたところ」
《やっぱり~。相変わらずね。そんなんじゃ、すなをちゃんに嫌われちゃうぞ?》
「!」
「嫌われる」と言う言葉に、記憶の琴線に何かが触れるが、それが何なのか判らない。
《ふふっ。ごめ~ん。冗談だし》
耕平の間を別の意味に捉えたのか、ほのかがおどけた口調で謝る。
「い、いや、別に良いよ」
《ところでさあ~、耕平、昨日突然どこに行っちゃったの?》
……え?
「昨日? ど、どこって?」
《はぁ~? ちょっとやめてよね~。耕平まで先輩のボケがうつっちゃった?》
「だから、どこって?」
本当に、ほのかの言っている意味が分からない。
電話口でほのかのため息が聞こえる。
《昨日、宇宙人見に行ったじゃん? っで、そのあと耕平がどっか行っちゃって、先輩と探したけど、見つからなかったし。先輩ったら、『神崎君! 一大事だ! 浅倉君が宇宙人にさらわれた!』って、大騒ぎしていたんだから~。まあ、……言いたくないんなら良いけど~》
「そ、そう」
ほのかが、上手に大山の口まねをするが、それに笑う余裕はなかった。
《あーーっ! もしかして、すなをちゃんと秘密デートしてたぁ? 何だかんだでやることやってるわね~》
ほのかのおどけたような声は、耕平の耳に届いていなかった。
膝が笑い出す。
言われてみれば、そんなことがあったような気がする。
確かに、記憶に残っている気がする。
ただ、実感がない。
ほのかに言われて、その場面が、たった今、脳で形成されたかのような、言うなれば二次元の記録。
「な、なあ、昨日って、先輩とほのかだけだったっけ?」
《も~、なにそれ! ぶっちゃけありえないし~。あたし達三人で行ったじゃん。でさ、川南公園の周りには、これでもかーってばかりに学校の子がいたじゃん。……まさか、本当にアブダクションされたんじゃないでしょうね~》
「い、いや。多分、大丈夫」
……川南公園に行っていたのか
《まあ、いいわ。……あっ、は~い。……ごめん、ママに呼ばれちゃったし。うん、とにかく、耕平が無事で安心したわ。じゃあねっ!》
『通話時間 2分29秒』と言う表示が左右に大きく震えだし、携帯電話が落下する。
耕平は、先ほど感じた違和感の正体にたどり着く。
無いのだ。
有るべきものが。
無いのだ。
昨晩の記憶が。
ほのか達と別れたらしいが、その後、どうやって帰ってきたのか覚えていない。
「――っ!」
ズキン、と首筋に痛みが走った。
「!」
突然、耕平の脳裏に、黒ずくめの屈強な男が浮かぶ。
その前で、すなをが、こちらに向かって何かを叫んでいる。
その、能面のような表情が、耕平の記憶の奥底に埋もれていたものを掘り起こす。
「……そうだったのか」
たった数コマだけの映像で、昨日の早朝の出来事と、昨晩の場面がつながった。
詳細は判らないが、その時、はっきりとすなをに決別された。
そして、多分、仲間と共に、耕平の前を去った。
先ほどの場面は、そう言うことだ。
……すなをは、もう、ここには居ないのか
再び、軽快なメロディーが空間を満たす。
《もしも~し。浅倉ぁ》
あきらの声である。
「うん。どうした?」
《昨日どうだった? 宇宙人現れたかぁ?》
「どうって、お前は行かなかったのかよ」
ほのかの電話のおかげで、あきらの質問は理解出来た。
《おいお~い、冷たい奴だなぁ。俺もいたじゃん。そりゃ、先に帰ったけど、ガセだったかも知れなけど、ひどいぞ~、友達だろ~、浅倉ぁ》
どうやら、あきらも、その場にいたらしいと言うことが判る。
「あ、ああ、ごめん。……多分、いなかったと思う」
ほのかから結果は聞いていなかったが、もしいたらもっと大騒ぎになっているだろう。
《「多分」か、いいな~、その言い方。うん、俺もそう思うぜ。俺達の判らないところに舞い降りていたんだぜ、きっとさぁ~》
「な、なあ、あきら」
《うん?》
「どっか遊びにいかね?」
とにかく、この喪失感を埋め、地に足の着いた感覚を取り戻したい。
それに、あきらが昨日いたと言うことは、上手く聞き出せば、耕平の抜け落ちた記憶が合成出来るかも知れない。
《おっ、良いぜ~。そうだ、浅倉ぁ、もう飯食ったか~?》
「いや、まだだ」
《よしっ、じゃあ、駅前のマッスバーガーで待ち合わせなぁ。俺はすぐ出られるぞ~》
「うん、わかった。じゃあ、駅前で」
耕平は、電話を切った。




