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4-(4)約束

 眼下を流れる無数の星くず。

 それが、街の灯りだと判る。

 そこに人の営みがあることを示すだけの、ただの人工的な光。


 昨日までと同じ景色なのに、違う景色。

 同じ景色なのに、ガラス一枚隔てるだけで、こんなにも無機質でつまらない世界に見えるものなのかしら。と、すなをは、昨日までと異なる見え方に首を傾げる。

 すなをが腰を下ろしている薄暗い場所では、高い金属音が空間を満たし、音に同期して、若干の振動が床から壁から伝わってくる。


「それにしても、説明しなくて良かったのか?」

「何が?」

 コロップの声に、すなをは室内に視線を移すと、不機嫌そうな声を出す。

「いや、別に良いが」

「なによ、コロップ」

 すなをは、腰の辺りをぼんやりと見た。

 その過程で、自分の腕が、後ろ手に拘束されていることを、改めて確認する。

「だが、あんな事言わなくても良かったのではないか?」

「どうして」

「いや、状況を正確に伝えさえすれば良かったのでは? 奴らが銃を抜きかけた事を」

「どうしてっ!」

 すなをは大きな声を上げた。ガチャリと手錠が音を立てる。

「別に、その後、力を使えば、あの人間一人救うことは造作もなかっただろうって事。契約者を守るためなら、あの人間も、力を使った事を怒る事はないだろうに」

「そんなこと……」

 そんなこと、どうしてなのか、判らない。


 あの時、駆けつけた耕平の姿を見て、すなをは複雑な感情に苛まれた。

 恐らく、絶好の、仲直りのチャンス。

 今朝のことは水に流し、すなをが一言謝れば解決したかもしれない。

 いつものように怒られて、「もう、次からは気をつけてよ」と、最後は優しい目で……。

 もし、最初の男に襲われた時に、耕平が現れてくれていたなら……。

 しかし、最悪のタイミングで現れた耕平。

 耕平の所に駆けつけたいと言う感情と、

 耕平を巻き込んではいけないと言う考えと、

 その矛盾したロジックが、すなをの中でエラーを増大させ、思考回路は一瞬で飽和した。

 辛うじて、判断機構が、耕平を無関係の人間だとアピールすることが最善と結論を出したから、それに従った。

 だが、その時に発した言葉は、今思えば、確かに、言う必要のない言葉も混じっていた。

 今朝、耕平の部屋で、くさびのように打ち込まれた耕平の言葉が、過去の契約者から受けた罵声とも合わさり、わだかまりとして残っていたのだろうか。


 でも、予定外の目撃者が現れたのが幸いしたが、結果、耕平が命を落とすことはなかった。

 すなをは、反対側の壁際で、人形のように横たわっている、中年の男をちらりと見る。

 最初にすなをを襲った男、あの男が、今後生きて道を歩く事はあり得ない。

 ……ただ、耕平の命と引き替えに、すなをは、大切なものを確実に失った。

 すなをが言葉を発したときの、耕平の目。

 恐らくは、「裏切られた」という、絶望感によるもの。

 今朝の腹いせ、と思われたかも。

 失われた信頼関係。

 すなをに初めて訪れた、やっと順番が回って来た、ささやかな幸せは、すなをの手からこぼれ落ちてしまった。


「しかし、奴らは、中途半端に我々を理解しているようだな」

 すなをが、声に反応して視線を移した先には、二重の同心円が描かれ、その中には、複雑な幾何学模様が等間隔で描かれていた。

 さらに視線を移すと、天井にも、壁にも、ドアにも同様な模様。

 大方、すなをの『力』を無力化するためだろうと言う事は解る。

 つまり、奴らはすなをの正体を知った上で、その対策をしているということ、そういう事が出来る集団だということ。そして、その先に待っているものは……。

「さって、厄介なことにならぬうちに、ここから出るか。まあ、軍用機1機消滅させたところで、問題はあるまい。仕方ないから、今回に限り私を外しても――」

「だめよ、……出来ないわ」

 面倒臭そうに言うコロップの言葉を遮り、すなをは、ぼんやりと外を見たまま呟いた。

「何故だ! このまま行くとかなり厄介だぞ? お前がちょっと本気出せば、こんな結界など何の意味もないはずだ。さっさと力を使って――」

「コーヘイとの約束だもん! もう、これ以上……嫌われ……っ」

 再びコロップの言葉を遮り、すなをは大声を上げ、声を詰まらせる。


 ――これ以上、嫌われたくないよ


「お前なぁ……」

「大体、……こっから出て、何処に行くの? こっから出たって、……何の意味もないわ。……もう、なるようになるだけよ」

 コロップの呆れたような声を聞きながら、すなをは、最後の方は消えそうな声で呟いた。

「……そうか! 確かに、審判の時が来れば、強制召還されるな。それまでの辛抱か。その方が効率が良いかも知れんな」

 コロップが何度も頷く横で、すなをの身体が小刻みに震える。

 ここから出たとして、今更、どんな顔をして帰るというのだ。

 あんなことを言ってしまって、今度こそ耕平は赦してくれないだろう。

 冷静に考えれば、いつだって契約解除出来る条件が揃っていたのに、耕平がそれをしなかったのは、多分、耕平が最初の日に「すなをが不幸になるなら、絶対に契約解除はしない」という、自分でした約束を守っていただけなのだ。

 耕平はいつも約束を守ってくれていたのに、自分はいつも約束を破って……。

 だから、すなをの方から立ち去ってくれて丁度よかった、と思っているかもしれない。

 よかれと思ってやっているのに、やることなすこと全て裏目。

 結局、最後の最後まで、迷惑をかけ通してしまった。

 もうたくさんだ、と思っていただろう。

 そもそも、耕平とすなをの関係は、契約者と悪魔の関係。

 役に立たない悪魔など、百害あって一利無しなのだから。

 仲直りのチャンスが訪れることは、もうないのだ。


 すなをは、胸元のコンパスに視線を落とす。

「そうね。審判の日まで我慢して、審判を受けて、それで……」

 笑おうとしたが、そのまま顔が歪んだ。


 ……コーヘイ


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