4-(2-1)別離
鬱蒼と茂る木々に囲まれた、街灯一つ無い公園を、生暖かい風が吹き抜ける。
この公園は、昔から事件が多く、地域住民からは、防犯システムの設置を市に要請しているが、公費削減という大義名分のもとに、未だ街灯すら設置されていない。
『ちかん注意』『一人で歩かないで』と書かれた看板が、植木の端っこに申し訳程度に立てられたのみである。
市としては、これで注意は喚起したから、あとは市民の責任、とでも言いたいのだろう。
その公園の脇で、複数の白い光が見え隠れする。
「……ねぇ、これって、絶っっ対来ないよね」
ほのかは、薄暗い空間でも判るぐらいの不機嫌そうな表情を浮かべ、耕平を見た。
「うん。……て言うか、人多すぎ」
「まあ、浅倉君のクラスメイトが広めたんだろう」
大山も、ため息をつき、左右を見回す。
耕平、大山、ほのかが姿勢を低くして公園の様子をうかがっている右隣には、五メートルぐらいの間隔を置いて、同じような高山学園の生徒が数人、携帯電話を開き、操作している。
まさか、さらに人を呼んでいるんじゃないだろうな。耕平が気付くと、ほのかも同じような感じで、その生徒を睨んでいる。
左隣では、ブルーシートを敷き、その上であぐらを掻き、カードゲームをやっている、同じく高山学園の生徒。その脇には、デジカメが数台置いてある。
恐らく、近年、川南公園がここまで賑わったことは無かったはずだ。
こんなにギャラリーが多い中、もし、宇宙人が舞い降りてくるとすれば、それは、ミスター・スポックぐらいであろう。
(浅倉~、浅倉ぁ)
不意に、自分を呼ぶ声がする。
耕平は声の主を見つけ、おもむろに立ち上がると、道路の反対側に向かった。
「あきら、こりゃ無理だよ。て言うか、お前喋りすぎ」
耕平の非難めいた言葉に、しかし、あきらはブンブンと首を横に振る。
「俺もびっくりだよ~。浅倉と、俺んとこの先輩にしか喋ってないし。ほら、俺達『業界人』は、その辺わきまえてるだろ? だから、俺んとこも、俺と先輩の二人しか来てないぞ~?」
「じゃあ、一体誰が。……そうだ、そもそも、あきらは誰から聞いたんだ?」
「それなんだけどさぁ、誰かって訳じゃなく、バレー部でさぁ、一年の女子が喋っていたのをたまたま聞いたわけで」
「一年? 知り合いか?」
「いや~、全然知らない子だよ。背の高い子でさぁ、おしゃべりには見えなかったけどなぁ」
ここで、耕平は事態を理解した。
言われてみれば、集団の中には、女子も結構混じっている。
それより、「おしゃべりには見えなかった」って、友達に喋っている時点で、十分おしゃべりじゃないか。と、耕平は、心の中であきらの人を見る目の無さに突っ込む。
大方、その子を中心に噂が広まり、皆、怖い物見たさのお祭り気分で集まったのだろう。
そうなると、もっと根本的なことを考えなくてはいけない。
つまり、情報の確からしさ。
耕平は、その情報を『信頼度・低』と結論づけた。
あきらも同じ事を考えていたらしい。
「俺達は撤収するわ。万が一情報が本当だったとしても、これじゃあなぁ」
「ああ、それが良いな」
耕平は頷く。
あきらが、軽く左手を挙げ、振り返ろうとした瞬間、「あっ」と小さく声を出し、ポケットに手を突っ込んだ。
「ほい」
「何? これ」
自分の手のひらの白いUSBメモリーに視線を落とすと、耕平はあきらを見た。
「何って、フー・ファイターのクリップだよ。まあ、今日の埋め合わせって言うかさ、ここに来る前に、漫喫でサイト見てたら落ちてたから拾ってきた。浅倉、好きだろ? やるよ~」
「ああ、サンキュー」
耕平は微笑んだ。
あきらは、今日一日、耕平を元気づけようと、色々考えてくれていたらしい。
「ちなみに、そのクリップ、超レアだぞ?」
「そうか」
「そうかって……、理由聞かないのかぁ?」
「いや、その類は、先輩に嫌と言うほど騙されてきたから。でも、一応聞こうか」
「うん」
あきらは頷き、周りを伺うと、耕平に顔を寄せ、声を潜める。
「そのクリップ、実は、三分後にはサイトから削除されていたんだ」
「削除? 何で?」
「しっ! 声が大きいぞっ。……知るかよ~。やばいんじゃないの?」
あきらは、慌てて周りを伺うと、さらに声を小さくした。
「『本物』だと思わせる、新手の演出かな。何が映ってたんだ?」
耕平も、慌てて声を小さくする。
「え? ああ、えっと……。そう、内容は、ネバダの上空で、戦闘機がフーファイターと戦闘しているシーンだけどな~」
『ネバダ』という単語に、一瞬、耕平は背筋に電気が走ったような感覚を覚える。だから、あきらが耕平から目を反らした事には気付かなかった。
「……わかった。サンキュな」
「ああ、じゃあな。浅倉はまだいるんかぁ? もし、目撃したら教えてくれよ~」
あきらは、再び左手を挙げると、振り返り、交差点で佇む男子の下へ走っていった。
耕平は口の端を上げ、あきらと、先輩と思われる男子生徒をしばし眺めていたが、視界の端を横切る人影に気付き、弾かれたように首を動かす。
同時に、鼓動が高鳴った。
高山学園の制服を着た少女が、公園の反対側を歩いていく。
月光にきらりと反射した、青色の髪。
「すなを?」
恐らく、一年の誰かが誘って、一緒に来たのだな。
「いや、それはありえないし」
耕平は、結論付けかけ、大きな矛盾に気付く。
すなをは、美佐から制服を借りているだけで、高山学園には入学していない。
状況があまりに自然だったので、思わずそうだと思いこんでしまったが、すなをが誘われる事はあり得ないわけで、つまり、単独行動でここにいると言うことだ。
「あいつ、何してるんだ?」
そう呟き、二、三歩歩きかけたところで、耕平は立ち止まった。
……すなをを追いかけてどうするつもりだ?
「何しているんだ?」って聞くのか?
昨日までだったらいざ知らず、今朝の今だ。
「そんなの勝手でしょ。別に、コーヘイには関係ないし」とか言われそうだ。
正直、これ以上嫌な思いはしたくない。
でも……
こんな時間にこんな所を歩いているのは、明らかに不自然だ。
そういえば、毎晩どこかに行っているようだし。
「そうだ、契約者には悪魔を管理する義務があるんだ。またトラブル起こされたら困るし」
耕平は、しばらく悩んだ挙げ句、そう呟くと、早足ですなをの消えた方向へと向かった。




