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あきらが気配りに長けているとすれば、目の前の二人は、人の傷に塩を塗る天才かも知れない、と耕平は思った。
いつものように、部室に顔を出す耕平。
その耕平を待ち受けていたのは、意味ありげに笑みを浮かべる大山とほのかだった。
「えっと、爬虫類有鱗目ヘビ亜目……、ナミヘビ科ナメラ属……」
何やら呪文のような言葉を呟きながら、大山とテーブルに向かっていたほのかが、引き戸の開く音に気付き、振り返る。
大山も顔を上げ、戸口に佇む耕平を見た。
やや、間があって、二人の目尻が垂れ下がり、口の端が上がる。
チェシャ猫、まさに、それが耕平の前に二匹いる。
「……何か、良いことでもあったんですか?」
耕平は、努めて冷静に問う。
ある答えを覚悟して。
「浅倉君、どうだい? 調子は」
大山は、黒色のUSBメモリーを差し出す。
「何がですか?」
メモリーを受け取りながら、耕平。
「耕平、その後、進展したの?」
「だから、何が?」
耕平は、仏頂面でほのかを睨み付けた。
昨日さんざんいじられたから、何となく予想はしていた。
していたのに、習慣で部室を訪れてしまう自分が憎い。
ついでに、最悪のタイミングだ。
(喧嘩でもしたのかな?)
(やっぱり喧嘩ですかね)
「しっ、知りませんよ! あんな訳のわからない奴のことなんか!」
耕平は、大声を上げた。
いつものことなのに、この時ばかりは、耕平の内側からいきなり感情が吹き出す。
「朝倉君……」
大山が、複雑な表情で耕平を見上げた。
「あんな、訳の……」
不意に、すなをの泣き顔が脳裏に浮かび、目頭が熱くなる。
耕平は、慌てて大山達から顔を背けた。
……くそっ
誰に腹を立てているのか、自分でも解らない。
「ごめん、耕平」
耕平の心情を察したほのかが、表情を改める。
「……あ、いや、ごめん。僕も大きな声出したりして。うん、大した事じゃないんだ」
ほのかの神妙な声に、耕平の頭に上った血が一気に降りていく。
「……例えば、喧嘩してさ、言い過ぎるって事あるじゃない? それはお互い様だと思うの。でもさ、もし、言い過ぎたなって思ってるなら、悪いなって思ってるなら、声に出して謝らなきゃ。自分を責めているだけじゃ、伝わらないよ?」
「神崎君の言う通り。喧嘩なら、あの子も、きっと、仲直りのタイミングを計っているはずだ」
いくつものグラフを眺めつつ、「例えば……、の話だが」と、大きく頷く大山。
「!」
耕平は、息を呑んだ。
本当に、この二人はエスパーではないのだろうか。
まるで、テレビカメラか何かで耕平達の行動の一部始終を見ていたかのような発言。
……やっぱりかなわないな。
耕平は、大きくため息をついた。
「あっ、そうだっ!」
突然、ほのかが明るい声を上げた。
大山がゆっくりと顔を上げる。
「あゆみが言ってたんですけど~、川南公園で謎の光が目撃されてるって噂ですよ?」
「そうそう。そう言えば、あきらも言ってました、最近頻繁に現れてるって」
耕平は、話題が変わったことでほっとする。
「あ、そう」
……あれ?
耕平は思わず大山を凝視した。
「へぇ~、さすが川越君。……って、ええええっ?」
ほのかは笑顔で耕平を見たが、すぐにその笑顔が崩れ、髪を振り乱して大山の方を振り返る。
「ん? 何か?」
耕平とほのかに見つめられ、カップを口元にあてながらきょとんとする大山。
「え? いや、先輩、もしかして既にご存じでしたか?」
「てか、先輩、何でそんな無関心なんです? お腹でも痛いんですか? 謎の光ですよ? 謎の光。こんな訳の分からない皮よりも、よっぽどすごいじゃないですか」
「結局ただの青大将だったし」とほのかは、ガラス製のケースに納められた、自称つちのこの皮を指差す。
「あ、ああ。謎の光? すまん、聞いてなかった。おお、謎の光か。それは一大事」
大山はハッとすると、大げさに何度も頷いた。
「も~、先輩。本当にぼけないで下さいね? 文化祭も近いんですから」
「で、どうしましょう。見に行きますか?」
耕平は、大山に聞く。
正直、今日は真っ直ぐ家に帰りたくない。
みんなで何かをしていたい気分だ。
「うん、名案ね! 先輩、久々に探索しましょうよ。今日は金曜日だし、夜更かしOKですよ!」
ほのかも同調する。
「よし、わかった。今夜九時決行だ」
「わーい! じゃあじゃあ、これ終わったらジョーズカフェ行って、時間潰しましょうよ。あゆみにも声掛けて。耕平も直接行くよね?」
「わかった。神崎君の意見を採用する」
「うん」
大山とほのかが、いそいそと準備している様子を見ながら、耕平は、気分がこれ以上落ち込まないように、今は、このにぎやかな空間にいるべきだな、と思っていた。




