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「そう言えばさ、すなをうちの制服来てるけど、うちの生徒だったの?」
「えっ? あ、……ううん、借りてるだけだよ」
考える間を与えず、矢継ぎ早に質問をする葵。
まるで、すなをがいたずらをした時に尋問をしていた教師のような感じ。
「借りてるぅ? 誰に?」
葵は眉根を寄せた。
すなをの鼓動は頂点に達する。
「あ、えと……、そ、その、コーヘイだよっ!」
「コーヘイ?」
「うん! そう。コーヘイの、おばっ……叔母さんに、その……」
もう駄目! このままでは本当の事を言っちゃう。
すなをは、「その時」の覚悟を決めた。
「ふーん。まあいいや。なかなか似合ってるし。うん、可愛いな」
ここで葵はクスリと笑うと、すなを上から下まで見回し、うんうんと頷いた。
すなをは、どうすることも出来ずに、立ちすくむ。
その時、ぽんっと、すなをの肩に手が乗せられた。
すなをは、目をつぶり、身体を固くする。
葵は一瞬複雑な表情をしたが、すなをが再び目を開けたときには、不敵な笑みを浮かべていた。
「……なあ、もしかして、あたしが怖いの?」
「……え? その……」
「何か、ちょっとへこむな~」
身体を小さくしているすなをを前に、葵は肩をすくめた。
「あ……」
すなをは、どうフォローして良いのか悩む。
「まあ、先輩にも先生にも怖がられてるみたいだし、自覚してるから良いよっ。だけど、あたしはすなをの味方だからね」
「え?」
すなをは、びっくりして葵を見上げる。
今度は別の意味で。
「あ、……だから、もし、うちに来てさ、困ったことがあったら、あたしの所に来なよ。こう見えてさ、結構頼りになるよ?」
葵は、笑うと、今度はばんばんとすなをの肩を叩く。
「あの、……痛いよ。あおいちゃん」
「あっはっは、ごめんごめん。こう言うのがいけないのかね~」
葵は笑いながら、手を離すと、頭を掻いた。
すなをは、いつの間にか、警戒感が無くなっている事に気付く。
そもそも、何であんなに警戒したのか、すなを自身にも分からない。
「あたしさ、さっき、生徒手帳落としちゃったし。たまたま同じ学校の先輩が拾ってくれたから良かったけど。ほら、だから、今日は日が悪いって事。何をするにもねっ。ひいばあちゃんの遺言だよ」
ああ、そう言うことか。と、すなをは納得した。
もしかすると、先ほどの警戒感は、葵の言葉尻を拡大解釈して、葵のことを、自分の正体を知る敵ではないか、と思ったからなのかも知れない。
「手帳……落としたの?」
「うんっ。それにさ……」
葵は、スカートのポケットから、月光を受けて鈍く光る物を取り出すと、暗闇に向けた。
木々の奥の道路に白いスポットが浮き上がり、その脇に停車している車が見える。
その車が、スポットを浴びた途端、慌ただしく走り去った。
「ねっ?」と言った感じで、すなをの方を振り向く葵。
「ここは、昔から痴漢が多発してるんだ。知らなかった?」
「ちかん?」
「そう! すなをみたいな可愛い子は、襲われちゃうかもだぞ? まあ、あたしを襲った日にゃ、これでイチコロだけどねっ」
葵は、銀色に鈍く光る懐中電灯で空を切ると、悪戯っぽい笑みを向けた。あれで殴られたら、かなり痛そうだ。
「ちかん」の意味はよく分からなかったが、少なくとも、それが自分に害をなすものであることは、すなをも理解した。
「うん、わかった」
すなをの答えに、葵は頷くと、左手を差し出した。
「?」
首を傾げるすなをに、葵は再び笑う。
「ほら、送ってやるよ。家、何処?」
再び、すなをの鼓動が跳ね上がった。
今度は、焦りで。
時間もずいぶんロスしている。
早くしないと。
「あ、……えっと」
すなをは、この場を取り繕う方法を必死に考える。
耕平に「人には愛想良くすること、約束破ったら契約解除」と言われているので、無視して逃げるわけにもいかない。
「あ、もしかして、待ち合わせ?」
その間を、別の意味に解釈したのか、葵はすなをの顔をのぞき込んだ。
同時に、すなをは、この上ない言い訳を思いつく。
「そ、そうそう。コーヘイだよ。コーヘイと待ち合わせ」
「ああ、なんだ。そう言うことか。ごめんねっ。彼氏との待ち合わせ中に、よけいなコトしちゃって。それなら安心だ」
葵は、軽く手を振ると、鞄を持ち直した。
「でも、今日は、本当に大人しく家に帰った方が良いぞ?」
ちらりと空を見上げる葵。
「あ、うん」
「解ってるのかな~? まあ、いいや。じゃあね」
「うん。じゃあね」
遠ざかっていく、葵の後ろ姿を見送るすなを。
身体中がじっとりとした汗で覆われ、ひんやりとした感触。
初めて会ったときといい、何だか不思議な感じのする少女だ。
何か、嘘がつけないというか、全てお見通しというか、それでいて、すなをに危害を加えるわけでも、妨害するわけでもなく、受け入れてくれる。言うなれば、姉のような……。
すなをは、胸のコンパスを握りしめると、大きく深呼吸した。
「コロップ、そろそろ行こっか」
「あの人間、不思議な臭いがするな。……それはそうと、今日は、やめておいた方が良いんじゃないか?」
「行くのっ! ……もう、コロップまで!」
人気のない公園が青白い光で満たされ、その光が、真っ直ぐな軌跡を描きながら天高く上っていく様子に気付いた数匹の犬が、狂ったように吠え出した以外、高山町の夜は、静かに更けていった。
公園の脇で佇む少女の、後ろでまとめられた黒髪が風に揺れる。
「あ~あ、そっちのフラグが立つわけ? じゃあ、こっちも作戦変えなきゃじゃん」
『作本葵』と書かれた名札をつけた高山学園の制服を着ている少女は、上空できらりと光るものを見上げると、どこか楽しげに、そう呟いた。




