3-(2-3)
耕平は、これ以上ため息をついたら、しまいには魂が抜けるな、と思いつつ、いつの間にか分厚い雲で覆われていた空を眺めると、両手で数え切れないほどの、本日何回目かのため息をついた。
木目調のドアの前。
ごくりと生唾を呑み込み、右手をゆっくりと上げる。
鼓動が、徐々に速くなっていく。
「帰ってきてるかな。……まあ、帰ってくる義務はないんだけど」
耕平は、わざわざ声に出して呟くと、そのまま右手でノックをする。
……
返事はない。
それなりに、心の準備をしてきたつもりだが、やはり、その事実を受け入れられない自分がいる。
じわじわと拡がる落胆を感じ、耕平は、ため息をついた。
「すなを、……居る?」
声が震えている。
居ないだろうけど、もしかしたら、と、一瞬ためらった後、耕平は、ひんやりとしたノブを握りドアを引き開ける。
「すなを?」
耕平は、自分でもびっくりするぐらい頬が上気していくのを感じた。
その姿を見つけて。
悲しくもないのに、泣き出しそうな自分がいる。
今朝と変わらない、部屋の中央に畳まれた布団。
しかし、その上には、布団に抱きつき、あられもない格好で寝息を立てている、すなをの姿があった。
今の耕平にとっての、ささやかな日常は、まだ続いていた。
どこに行っていたのかは知らないが、帰って来るなり眠りについたのだろう。
高山学園の制服を着たままだ。
そのまま、どさっと布団に倒れ込んだのか、絹のような青い髪が放射状に広がり、夕日を浴びてきらきらと輝いている。
脇には、首に繋がるストラップに取り付けられたコンパスが横たわっている。
耕平は、クスリと笑うと、部屋に入った。
どんな夢を見ているのであろうか、幸せそうな寝顔をしたすなを。
「全く……、人の気も知らないで」
その姿を見るだけで、その存在を確認するだけで、こんなにも身体が温かくなる。
先ほどまで耕平の身体中を満たしていた、もやもやした物は、完全に消えていた。
恋……なのか?
大山とほのかの言葉を思い出し、耕平は、しばらくの間、すなをの寝顔を見つめていた。
「コーヘイ……」
「!」
耕平は、その声に飛び上がりそうになる。
「ん……」
「なんだ、寝言か」
再び寝息を立てるすなをを見て、耕平は微笑んだ。
「……ごめんなさい」
また、何かをやらかした夢でも見ているのだろうか。
耕平は、押し入れに向かい、タオルケットを取り出す。
「……まったく、風邪引くぞ? そもそも、悪魔が風邪引くかどうか知らないけど」
そう呟くと、耕平は、すなをにタオルケットを掛けた。
すなをは、気持ちよさそうに身体を丸める。
もしかすると、今日も学校に来ていたのかも知れない。
何もやらかさなかったから、気付かなかっただけで。
「そうだよな。黙って出て行くわけ無いよな……」
いつか、この少女は自分の目の前から居なくなるだろう。
人間じゃないのだから、ずっと一緒にいることなど、あり得ないのだ。
でも……、と耕平は思った。
その、『いつか』が、出来れば、永遠に訪れませんように、と。
耕平達の真上、分厚い雲に阻まれた百数十キロ上空で、太陽光を受け、きらりと光る物が、静かに遠ざかって行った。




