3-(2-1)不安
「これが、ヒトのスペクトルで……」
「こっちは? これは何ですか?」
「ああ、これは、蛙だったな。確か」
「あっ! 先輩。これ、すごく似ていません?」
ほのかが指差す用紙を良く見ようと大山が身を乗り出した時、カラカラ、と引き戸の開く音がした。
「おっ、浅倉君」
「耕平、お疲れ~」
大山とほのかが戸口に現れた耕平に対し、口々に声を掛ける。
再び机に視線を戻した大山が、二つの紙を交互に見比べ、頷いた。
「……うむ、そうか! これは……ヘビの物だ!」
「ヘビ? それって、当たり前じゃあ……。つちのこってヘビの仲間なんでしょ?」
「いや、当たり前かも知れないが、それを憶測ではなく、DNA分析で実証出来たと言うことは、意義深いと思うぞ?」
「じゃあじゃあ、文化祭のネタにはなるって事ですね~」
ほのかは表情を輝かせると、テーブルに手を突き、身を乗り出した。
「うむ。では、今度は派生種別の特定に挑戦してみるか」
大山は、ほのかの手元のマグカップをすっと引き寄せると、口の端を上げた。
「また、お兄さん出動ですか? ありえないし~」
「大学なんて、どうせ暇なんだから、構わないさ」
「でも、先輩のお兄さんって、毎日こんな事やってるんですか? 生物学の研究室でしたよね」
「いや、ぶっちゃけ、何やってるか知らん。ただ、研究室に、DNAの分析装置が有ると聞いたからな。使える物は使わなきゃ」
「本当に可愛そうなお兄さん……」
大山とほのかが、テーブルの上に縦横無尽に拡げられた、複雑なグラフが載っているA4大の紙を前に、和やかに言葉を交わす様を横目で見ながら、耕平は、部室の端へと向かう。
「生物学と言えば、耕平のお父さん……」と、ほのかが耕平の方を向き、慌てて声を掛ける。
「あっ! 耕平。ごめん。さっき、水入れ換えちゃった」
カップにポットの湯を注いでいた耕平は、はっと気付き、ゆっくりとほのかの方を見、ポットに視線を移す。
「あ、……本当だ」
「待ってて。お湯沸いたら、ちゃんとあたしが美味しく入れてあげるし。てか、『再沸騰』表示になってたでしょ?」
「……うん」
耕平は、少しため息をつくと、水を捨て、カップを戸棚に戻す。
(神崎君。まさか、上手くいかなかったのかな?)
その様子に、大山がほのかにアイコンタクトを送る。
(先輩、確認して下さいよ。言い出したの、先輩でしょ?)
ほのかもアイコンタクトで返す。
「あー、浅倉君」
耕平がテーブルに着くのを確認すると、大山は、意を決したように口を開いた。
「ビデオクリップなら、また偽物でしたよ?」
耕平は、ため息をつき、ポケットからUSBメモリーを取り出すと、静かに机に置いた。
「……そうか」
耕平のその様子に、やはりいつもと違うものを感じるほのか。
いつもなら、ここで食ってかかるのに……。
(む? 怒らない?)
大山も、訝しげに耕平の方を見た。
(や、これは、やっぱり確定? 先輩、責任取って下さいね)
(おかしい、そんなはずは……)
(先輩のその根拠のない自信、いい加減改めた方が良いと思いますよ?)
(ほら、早く聞いて!)とほのかが睨む中、大山は、息を吸い込んだ。
「さ、昨日の事なんだが……」
大山のその言葉に、耕平の表情がざわめく。
嫌な予感が確定に変わるほのか。大山も息を呑んだ。
「すっ、すまん! いや、まあ、確かに、一般論は一般論で、必ずしも上手くいくとは限らなかったわけで、そう言う配慮もなく、浅倉君に――」
「ああ、ポイントカードありがとうございました。すなをなら、大喜びでしたよ? プリンが大好物なんですよ。あと、山盛りのケーキを前にはしゃいでました」
大山の言葉を遮り、耕平は少しだけ微笑みを浮かべる。
「じゃあ、良かったじゃん!」
ほのかは安堵のため息をついた。




