3-(1)変化
視界が、これでもか、と言わんばかりに赤白く染まる。
同時に、五体の感覚がはっきりと感じられ、体温がゆっくりと上昇し、体内のエネルギーが循環し始めるのが判る。
雀であろうか、比較的高い、鳥の鳴き声が耳に飛び込んでくる。
そんな中、耕平は、肢体をこれ以上になく伸ばし、目を開けた。
目の奥を刺激する白い光に、思わず目を細める耕平。
さわやかな目覚め、と言う言葉がしっくりくる。
身体中が、ふわふわと心地よい気分で満たされているのだ。
昨夜の余韻を引きずっているのだろうか。
「すなを……」
何気なくそう呟いた耕平は、自分にびっくりし、同時に意識が完全に覚醒する。
枕元の目覚まし時計は六時二十九分。
一分後に耕平を起こすべく、ベルにつながる回路の最終チェックをしていることだろう。
耕平は、ため息をつくと、背面のスイッチを切り替え、『OFF』の表示を確認する。
『これで、いいのっ』
突然、耕平の脳裏に、胸元で光るコンパスを突き出し、悪戯っぽく笑うすなをが浮かぶ。
「!」
耕平は、慌てて布団を頭からかぶった。
鼓動が高鳴る。
すなをの笑顔が残像となり、ぼんやりと消えていく様を感じながら、耕平は布団の中で息を殺す。
……おかしい! 明らかにおかしい
そのすなをが、壁一つ挟んだ向こうに居るという事を意識した途端、手に汗を握るような緊張感を覚えてしまう。
昨日まで、意識した事も無かったのに。
……
「それは、ない!」
しばらくの後、自分の中でもやもやとしながら増殖している物に対し、声に出して否定すると、耕平は布団をはね除け、起きあがった。
再び時計を見ると、六時四十七分。
耕平は、ベッド脇のハンガーを引き寄せると、慌ただしく制服に着替える。
ついで、閉じられたノートPCに刺さっているUSBメモリーを引き抜くと、胸ポケットに収め、床で横たわっている鞄を掴み、部屋を後にした。
学生にとって、いや、社会人もかも知れないが、朝の数分が命取りになることが多い。
朝の時間は、ダイヤモンドよりも貴重だ。と、どこかで聞いたことがある。
その、貴重な時間の中を進む耕平が、ふと、足を止めた。
「出かけるときに、声ぐらいかけなきゃな……。うん、魔法使わないように念を押さなきゃ。悪魔の管理は、契約者の義務だし」
何に対してか、言い訳のような事を口走り、振り返ると、戸口に向かう。
木目調のドアに、ノック二回。
返事はない。
「まだ寝てるのかな。……すなを、入るよ?」
耕平は、生唾を飲み込むと、声をかけ、恐る恐るドアのノブを回す。
「?」
しかし、戸口からひんやりとした空気が流れ出し、耕平が中を覗いた部屋の中央部には、畳まれた布団。
部屋の中に、人の気配は感じられない。
耕平は、自分の中で血流が一気に下がっていくのを感じた。
「なんだ、すなを居ないのか……」
自分の声が、妙にがっかりしていることに気付く。
自分は、何を期待し、何にがっかりしたのか。
悪魔なのだから、何時居なくなっても当たり前。
それは、耕平達が学校から家に帰るのと同じぐらいに。
そう、当たり前なのだ。
……当たり前のこと。
昨日までのことが、むしろ当たり前じゃないのだ。
「まっ、悪魔だしな。また、どこかに行ってるのかな?」
このまま行くと独り言のプロになれるな。
そう思いながら、耕平は、すなをの部屋のドアを閉めると、今の行動で、さらに削ってしまった貴重な時間を取り戻すべく、階段を駆け下りた。




