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すなをの部屋に、思い詰めたような表情の耕平が来たときは、また何かやらかしたのかと思った。
とにかく契約解除されないように謝らないと、と思い、耕平の所に駆けつけたのだ。
『あのさ、ジョーズカフェってところのチケットもらってさ、あの、……つまり、良かったらこれから一緒に行かない?』
そのすなをに向かって、耕平が発した言葉は、すなをのどの予想とも違った。
すなをが今まで受けた言葉のどれとも違った。
どこかに一緒に行く、などと、今まで言われたことがない。
身体の中に、また、『あの感覚』が広がっていくのを感じた。
泣き出したいような、でも、とても暖かいような。
一つ言えることは、その感覚は、決して不快なものではなかったと言うこと。
そんな感覚に戸惑い、でたらめなことを口走ってしまったけど。
耕平の不思議は他にもある。
『あの感覚』を初めて感じた昨日のこと。
あの時……てっきり契約解除されると思った。
もう駄目かと思った。
あんなに怖い耕平は、初めてだった。
だけど、契約解除されなかった。
しかも、あの後、耕平は「一緒に帰ろう」と言ったのだ。
何で?
怒ってたんじゃないの?
すなをは、何となく頬をさすりながら、思考を巡らせる。
今までの契約者は、魔法を失敗すると、鞭を振るい、すなをが悲鳴を上げるたびに、蔑むような笑みを浮かべたのだ。
そして、飽きると、契約解除をちらつかせながら、懇願するすなをの姿を楽しみ、すなをを恐怖と絶望のどん底に陥れた後、契約解除された。
今までの契約者は、みんなそうだった。
正式ライセンスがない、たったそれだけのことで、ここまで虐げられるのか、と何度も悔しい思いをしたものだ。
もっとも、魔法も失敗していたのだけど……。
でも、耕平は違う。
何て言うか、契約者と悪魔という関係以上のものを感じる。
まるで……
「そっ、それはないわね」
ここまで考えたとき、すなをの鼓動が激しくなり、直前の考えを打ち消す。
そんな思考が浮かんでしまう、期待してしまう、自分が怖い。
そこにたどり着いた瞬間、〈自分〉が失われてしまうような。
守らなければいけないものを、守れなくなってしまうような。
あれ? あたしは、何を守りたかったんだっけ?
再び思考が破綻し、ため息をつく。
……最後のチャンスで、あたしも不安定なのかしら
「で、どうするつもりだ?」
腰の辺りから聞こえる声に、すなをは思考を一旦中断する。
「どうって、決まってるじゃん。ネバダって所に行くのよ。あと二回ゲートをくぐれば到着するわ」
「ゲートまでの飛行を目撃されるリスクがあるから、あまり賢い選択じゃないな」
「仕方ないじゃん。コーヘイの言うとおり、5400ノーティカルマイルも飛べないし、いっぺんに転移したら、それだけで力尽きちゃうし」
「確かにそうだが……」
「対空監視電波が飛んで無く、かつ、地上から肉眼で見えない高度を維持すること……、学校で習った通りにしてるから大丈夫。コーヘイのコンパスでも高度わかるし。単位違うけど……」
「ふむ」
すなをは、再び進行方向に視線を送った。
「それにしても、何で急に願い事なんかやり出したのだ」
「きゅ、急にじゃないわよ! 元々、そろそろ行こうかなと思っていたんだから。うん、絶対そうよ! 全く持って予定通りの行動だし」
またしても、的確に矛盾点を突く付くコロップに、すなをは狼狽する。
「そうか。別に構わんが。私の知っている元々の予定は、願い事など無視して、あの人間を生け贄にするはずだったと思うが。そうすれば、お前は生き延びられるのだ。今回だけは特別制度があるのだから、わざわざ労する必要もないだろうに。お前もそう言ったではないか」
『生け贄』と言う言葉に、すなをは頭がしびれるような感覚を覚える。
説明は出来ないが、それをすることは、いけないような気がした。
いや、したくないと思った。
「べっ、別に、願い事ぐらい叶えてあげたっていいじゃん。もともと悪魔の義務なんだし。そもそも、それが上手くいけば、なんにも問題ないでしょ?」
「確かにそうだな。正攻法も悪くない」
良かった。
コロップには気付かれなかったようだ。
すなをは、願い事を叶えようと思い立った本当の理由を、心の奥底に押し込めた。




