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2-(3-6)

「これ何?」


 すなをは、初めて見るのか、目を丸くし、上から下から見回す。

「地球儀。知らない?」

「知らない」

 確かに、悪魔に地球儀は必要ないのかも知れない。


 耕平は、すなをの前に地球儀を置く。

「これはね、僕達が住んでいる世界の地図が描いてあるんだよ。ここが……」

 耕平は、地球儀を回し、ひときわ小さく細長い部分を指差し、

「今、僕達がいるところ」

 すなをを見る。

 すなをは、馬鹿みたいに口を開け、耕平の指差す先を凝視している。

「じゃあ、ここは?」

 すなをが、すぐ脇の水色の部分を指差す。

「太平洋……海だよ」

「へぇ~」

「でね、」

 耕平は、地球儀をぐるりと半周ほど回し、

「ここが、ネバダ。噂だけど、この辺に空軍基地があるって言われてる」

 ひときわ大きな大陸の中程の、湖の脇を指差す。

「ほら」

 耕平は立ち上がると、ノートPCで地図サイトにつなぎ、やたら長い滑走路が特徴的な、基地の写真を見せる。UFOの研究をしているという噂の場所だ。


「わあ、すごい! 空から見たんだよね。これ、コーヘイが撮ったの?」

「まさか。衛星写真だよ」

 変なところに感心するすなをに、耕平は吹き出した。

「ふーん、よくわかんないや。……で、ここに、お父さんが行ってるの?」

 写真を凝視しながら、すなを。

「まあ、そんなところ」

 頷いた後、耕平は付け加える。

「もっとも、僕は行ったこと無いけどね」

「どうやって行くの?」

「へ?」

 すなをの言葉の意味がわからず、馬鹿みたいな声を出す耕平。

「歩いて行けるの?」

 その言葉で、耕平は理解する。

「ああ、陸続きじゃないからね。空を飛んで行かなきゃ。……あっ、でも、いくら飛べるからって、すなをじゃ無理だよ? 一万キロぐらい有るし。飛行機じゃないと」

「そんなに重いの?」

「え? いや、距離の話だけど……」

「一万きろ……、んー、どれくらい?」

 すなをの反応に戸惑いながら、耕平はふと気付くと、ネットで検索を始める。

「もしかして、5400ノーティカルマイル、なら解る?」

「ええ、そんなに遠いの?」

「うん」

 どうやら、すなをのいた国? は、マイルを使っているようだ。

「遠すぎて迷っちゃいそうだね。間違えて、違う方向に行きそう」

 まるで、小学生のような悩みに、耕平は、再び吹き出した。


 何だか嬉しくなり、耕平は、机の引き出しから、コンパスを取り出し、すなをに見せる。

 トレッキング用の、方位を設定出来るタイプの物だ。

 周りが金属で覆われており、少々傾いても方向が正確に示されるので便利だ。

 高度も表示されるし、首から掛けるためのストラップまで付いている。

 小さい頃に父親に買ってもらった物だ。


「これ、ここ見て?」

 耕平は、円盤部分の『N』と描かれている部分を指差す。

「うん」

 すなをが、顔を寄せた。

 ふわっと漂う甘い香りに、耕平の鼓動が高鳴る。

「あ、……え、えっと、見ててね」

 耕平は、僅かにすなをから距離を取ると、コンパスを回転させた。

 眉をひそめてコンパスを見ていたすなをが、はっと気付く。

「え? あ……、そうかっ。でも、どうして動かないの?」

「うん、説明するの難しいけど、とにかく、僕たちがどんな状態でこれを見ても、Nと書いてある方は、必ず北を向くんだよ。だから、これをね、」

 耕平は、地図の上でネバダの方角をコンパスにセットし、

「こうやって、Nをコンパスのここに合わせて、矢印の方向に進めば、迷わずにネバダまで着けるってわけ」

『基準』と言うところを『N』に合わせてみせる。


 何度も頷き、心底感心している様子のすなをが、不意に耕平を見つめた。

「あ、……えと」

 見つめられ、再び鼓動が跳ね上がる耕平。

「それ、貸して?」

「え?」

「貸してっ」

「えーと……」

「なくさないから。ねっ? 約束するよ~」

 すなをは身を乗り出した。

 水色のリボンが揺れ、透き通るような青い髪が、耕平の腕をくすぐる。

「あ、ああ。うん。い、いいよ。でも、父さんの思い出だから、絶対無くさないでね?」

 どぎまぎする自分に戸惑い、耕平は慌ててすなをにコンパスを手渡す。

「解ってるって~。なくしたら契約解除、でしょ?」

「あ、……そそう、そういうこと」

 変わってしまったのは、自分の方かも知れないと耕平は思った。

 そんな耕平の前で、すなをは嬉しそうにコンパスをひっくり返しながら見ていたが、おもむろに、ストラップの部分を首からかけた。

「じゃ~ん! これで、絶対になくさない」

 すなをが胸を張る。

 ちょうどその胸の部分で、コンパスがきらりと光った。

 ほとんど無いに等しい胸が唯一の救い。

 でなければ、耕平の心臓は臨界点を超え、爆発していたかも知れない。


「そ、そうだ。ネバダに行く事なんて無いでしょ? 学校の方向に合わせておこうか?」

「これでいいのっ」

 心の中の邪念を必死に追い払いながら、曖昧な笑みを浮かべ、意味のない事を口にする耕平。

 しかし、すなをは意に介さず、悪戯っぽい笑みを耕平に向けた。

 これが、小悪魔の笑みってやつ……なのか?

 頭の中で未定義エラーが増大している耕平は、考えることなど無かった。

 すなをが、まさか本気でそこに行こうとしていたなんて。

 だって、一万キロなど、常識で考えて移動出来るわけ無いから。

 国籍を持たないすなをが、飛行機に乗って行くことなど、もっとあり得ないから。


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