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「これ何?」
すなをは、初めて見るのか、目を丸くし、上から下から見回す。
「地球儀。知らない?」
「知らない」
確かに、悪魔に地球儀は必要ないのかも知れない。
耕平は、すなをの前に地球儀を置く。
「これはね、僕達が住んでいる世界の地図が描いてあるんだよ。ここが……」
耕平は、地球儀を回し、ひときわ小さく細長い部分を指差し、
「今、僕達がいるところ」
すなをを見る。
すなをは、馬鹿みたいに口を開け、耕平の指差す先を凝視している。
「じゃあ、ここは?」
すなをが、すぐ脇の水色の部分を指差す。
「太平洋……海だよ」
「へぇ~」
「でね、」
耕平は、地球儀をぐるりと半周ほど回し、
「ここが、ネバダ。噂だけど、この辺に空軍基地があるって言われてる」
ひときわ大きな大陸の中程の、湖の脇を指差す。
「ほら」
耕平は立ち上がると、ノートPCで地図サイトにつなぎ、やたら長い滑走路が特徴的な、基地の写真を見せる。UFOの研究をしているという噂の場所だ。
「わあ、すごい! 空から見たんだよね。これ、コーヘイが撮ったの?」
「まさか。衛星写真だよ」
変なところに感心するすなをに、耕平は吹き出した。
「ふーん、よくわかんないや。……で、ここに、お父さんが行ってるの?」
写真を凝視しながら、すなを。
「まあ、そんなところ」
頷いた後、耕平は付け加える。
「もっとも、僕は行ったこと無いけどね」
「どうやって行くの?」
「へ?」
すなをの言葉の意味がわからず、馬鹿みたいな声を出す耕平。
「歩いて行けるの?」
その言葉で、耕平は理解する。
「ああ、陸続きじゃないからね。空を飛んで行かなきゃ。……あっ、でも、いくら飛べるからって、すなをじゃ無理だよ? 一万キロぐらい有るし。飛行機じゃないと」
「そんなに重いの?」
「え? いや、距離の話だけど……」
「一万きろ……、んー、どれくらい?」
すなをの反応に戸惑いながら、耕平はふと気付くと、ネットで検索を始める。
「もしかして、5400ノーティカルマイル、なら解る?」
「ええ、そんなに遠いの?」
「うん」
どうやら、すなをのいた国? は、マイルを使っているようだ。
「遠すぎて迷っちゃいそうだね。間違えて、違う方向に行きそう」
まるで、小学生のような悩みに、耕平は、再び吹き出した。
何だか嬉しくなり、耕平は、机の引き出しから、コンパスを取り出し、すなをに見せる。
トレッキング用の、方位を設定出来るタイプの物だ。
周りが金属で覆われており、少々傾いても方向が正確に示されるので便利だ。
高度も表示されるし、首から掛けるためのストラップまで付いている。
小さい頃に父親に買ってもらった物だ。
「これ、ここ見て?」
耕平は、円盤部分の『N』と描かれている部分を指差す。
「うん」
すなをが、顔を寄せた。
ふわっと漂う甘い香りに、耕平の鼓動が高鳴る。
「あ、……え、えっと、見ててね」
耕平は、僅かにすなをから距離を取ると、コンパスを回転させた。
眉をひそめてコンパスを見ていたすなをが、はっと気付く。
「え? あ……、そうかっ。でも、どうして動かないの?」
「うん、説明するの難しいけど、とにかく、僕たちがどんな状態でこれを見ても、Nと書いてある方は、必ず北を向くんだよ。だから、これをね、」
耕平は、地図の上でネバダの方角をコンパスにセットし、
「こうやって、Nをコンパスのここに合わせて、矢印の方向に進めば、迷わずにネバダまで着けるってわけ」
『基準』と言うところを『N』に合わせてみせる。
何度も頷き、心底感心している様子のすなをが、不意に耕平を見つめた。
「あ、……えと」
見つめられ、再び鼓動が跳ね上がる耕平。
「それ、貸して?」
「え?」
「貸してっ」
「えーと……」
「なくさないから。ねっ? 約束するよ~」
すなをは身を乗り出した。
水色のリボンが揺れ、透き通るような青い髪が、耕平の腕をくすぐる。
「あ、ああ。うん。い、いいよ。でも、父さんの思い出だから、絶対無くさないでね?」
どぎまぎする自分に戸惑い、耕平は慌ててすなをにコンパスを手渡す。
「解ってるって~。なくしたら契約解除、でしょ?」
「あ、……そそう、そういうこと」
変わってしまったのは、自分の方かも知れないと耕平は思った。
そんな耕平の前で、すなをは嬉しそうにコンパスをひっくり返しながら見ていたが、おもむろに、ストラップの部分を首からかけた。
「じゃ~ん! これで、絶対になくさない」
すなをが胸を張る。
ちょうどその胸の部分で、コンパスがきらりと光った。
ほとんど無いに等しい胸が唯一の救い。
でなければ、耕平の心臓は臨界点を超え、爆発していたかも知れない。
「そ、そうだ。ネバダに行く事なんて無いでしょ? 学校の方向に合わせておこうか?」
「これでいいのっ」
心の中の邪念を必死に追い払いながら、曖昧な笑みを浮かべ、意味のない事を口にする耕平。
しかし、すなをは意に介さず、悪戯っぽい笑みを耕平に向けた。
これが、小悪魔の笑みってやつ……なのか?
頭の中で未定義エラーが増大している耕平は、考えることなど無かった。
すなをが、まさか本気でそこに行こうとしていたなんて。
だって、一万キロなど、常識で考えて移動出来るわけ無いから。
国籍を持たないすなをが、飛行機に乗って行くことなど、もっとあり得ないから。




