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私の住むせかい ~ 一つの願い事 ~  作者: みずはら
(第一章)雨の中で……
12/68

(4-3)

「!」


 思わず、バランスを崩し、耕平はすなをの上に倒れ込む。

 ふわっと甘い香りが立ち上り、耕平を包み込んだ。

 硬直する耕平。

 すなをは、もう離さないと言わんばかりの、渾身の力を込め、耕平に抱きつく。

 少し高めの体温が直に伝わり、激しい鼓動が、やや弾力のある部分から感じられる。

「契約解除だけはっ。もう十二回失敗して、今度っ、契約解除されたら終わりなの!」

 胸の中でしゃくり上げるすなを。

 耕平は、本能的に、両手ですなをの肩を抱きしめた。


 すなをに何があったか、どういう経緯でここに来たのか。これから何をしようとしているか、そんなことは、耕平には解らない。

 だけど、ただ一つ確実に判ることがある。

 目の前の少女を、これ以上泣かせてはいけないということだ。

「大丈夫、大丈夫だから。契約解除とかしないし」

 すなをの耳元で、耕平は囁く。

「嘘っ。……あたし、また失敗しちゃったし。いつだってそうだもん。あたし、もう嫌だって言って……、でも、先生が……って、だから、一生懸命……頑張ってるのに……」

 震える声でそう言い、嗚咽を漏らすすなを。

 耕平は、いたたまれなくなり、すなをの髪をそっと撫でた。

「本当だって。終わったことはもう良いって」

 すなをの震えは止まらない。

 泣いているせいと言うわけではなく、言うならば、恐怖に曝された子供のような。


「皆、幸せそうなのに、……あたしだけ。こんなこと続くなら、もう……消えた方がましなのに、でも、頑張れって言うから……あたし、……頑張って……のに」

 再び泣き出すすなを。

 耕平は、その台詞に何かを感じ、小さく息を吐くと、ポンポンと軽くすなをの背中を叩いた。

「消えた方がましなんて、そんなこと言わないでよ。過去に何があったか知らないけど、もし、すなをが今までずっと辛い思いをしてきたのなら、それは、……たまたま、幸せの順番がまだってだけなんじゃないかな」

「?」

 すなをは、顔を動かす。

「誰にだって幸せになる権利があるんだ。叔母さんが言ってたけどさ、一生分の幸せの量って、みんな平等になってるんだよ。だから、これからすなをは幸せになる。今度は、すなをが幸せになる番。僕が保証するよ」

 耕平は、微笑んだ。学校の時とは違う、心からの笑みで。


 幼い頃に突然両親を亡くした。

 それ以来、耕平にとってこの世界は、淡い色で塗られた無機質な空間だった。

 何で自分だけ、と泣く耕平に、美佐も一緒に泣きながら、いつもそう言ったのだ。

 もっとも、現時点で、耕平はまだ、一生分の幸せを感じられそうな出来事に遭遇してはいないが……。


「コーヘイ……」

 耳元でする震えるすなをの声。表情は見えないが、何かが通じた気がする。

 わかり合えない関係と思っていたけど、少し距離が縮まった。そんな気がする。

 冷静に考えれば、河原で拾った本を、大山やほのかとおもしろ半分に研究し、そのなんたるかも知らないままに、いわば、耕平達の身勝手ですなををこの世界に呼び出したのだ。

 今までの態度は、慣れない世界で自分のアイデンティティを守るために、精一杯の虚勢を張っていたのだろうか。

「すなをにとって、契約解除されるのが不幸だって言うなら、僕は、絶対契約解除なんかしない。もし、帰る所が無いのなら、ここがすなをの居場所だよ」

 自分がその力になれるのなら、この少女を守ってやろう。何故か、それが当然かのごとく、耕平は思った。

 自分の境遇に、この少女を重ねたのかもしれない。


「ここが、あたしの居場所?」

 すなをは、耳元で呟く。

「うん。すなをが帰れる日まで、ここがすなをの家だと思って良いよ。今まで住んで居た所とは違う、不幸な事なんか無い、ここが、すなをの住む世界だよ」

「あたしの居場所……、あたしの家、ここが……あたしの住む世界」

 すなをは、何かとても懐かしい響きを感じ、感慨深げにそう言った。

「うん。だから、もう泣かないで?」

「ねえ、本当?」

 すなをは、身体を動かすと、耕平をじっと見つめた。

 窓から差し込む月の光が、すなをの頬を伝う幾筋もの涙を照らす。

「うん?」

「本当の本当? 本当に、ここにいても良いの? コーヘイは、契約解除しない?」

 学校から帰ってきた時とはうって変わって弱々しい声。


「うん。しない。大体さ、僕は、契約解除の仕方なんて知らないし」

 ……いつ契約解除されるのかと、ずっと不安だったんだな。

 耕平は、すなをに笑いかけた。

 すなをは目を伏せる。

「簡単よ。グリモアを燃やすだけよ」

「へぇ、そうなんだ」

 耕平の何気ない呟きに、すなをは、はっと息を呑む。

「だだだだ、だけどっ! そのっ……、けっ、契約解除には、……だから、ちゃんとした理由がねっ。……そっ、そりゃ、今日のはその理由になるかも知れない――、あっ、違っ……、そうじゃなくって、でもでもでもっ」

 必死に言い繕うすなをが可愛くなり、耕平は、思わず吹き出した。

「フフフ、心配しなくても、契約解除しようなんて考えてないから。言ったでしょ?」

 根は悪い子じゃないんだ。

 すなをとなら、時間はかかるかも知れないけど、解り合える日が来るかもしれない。

 ……根拠はないけど。

「よかったぁ~」

 耕平の言葉に、すなをの力が抜けていく。

 耕平は頷いた。


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