表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私の住むせかい ~ 一つの願い事 ~  作者: みずはら
(第一章)雨の中で……
1/68

(序章) 0.92フィートの先で……

「おーい、すなを、5時の方向から飛翔物来るし、直撃来たら流石にやばいぞ」

「わかってるわよ、るさいわねっ。ギリギリまで引きつけないとしつこいのよ、こいつは」


 のんびりとしたハスキーな声に対し、悪態をつくと、透き通るような青い髪をなびかせながら、すなをと呼ばれた少女は、神経を右後方に集中し、突如左へと進路変える。

 首から下げられた鎖が、慣性の法則に従い、ピンと延び、先端に繋がっている円形のコンパスが、太陽光を反射して、キラリと光る。

 すなをが振り返ると、行き場を失った物体が爆発した。


「なんかさぁ、昨日より増えてない? ミサイルとかあり得ないし」

「うむ、増えているな。悪魔一人に戦闘機5機、フェアじゃな……」

 がくんと高度を下げ、すなをはそのまま地面に向かってスピードを上げる。

「4……3……2……」

「いち」と言うと同時に、再び急上昇するすなをの脇をミサイルが通過する。

 遥か後方で地面から黒煙が立ち昇る。


「ていうか、当たらないんだから、いい加減諦めて欲しいわねっ。学習能力ないのかしら」

 僅かに右に進路を変えるすなをの脇を、光の筋が断続的に通過する。

「さあな。2日も連続で基地に不法侵入されてるんだら、彼らも必死だろうね」

「これじゃ、探せないじゃないよっ」

 不機嫌そうに後ろを振り返るすなを。


 状況にそぐわないその会話からは、危機感のかけらもない。

 状況、とは、断続的な攻撃をしながら、一人の少女を、戦闘機5機が追いかけていると言う状況だ。


「今日は日が悪い、あの人間が言った通りだ。一旦引き上げた方がいい」

「……もう少しだったのに」

 口を尖らせながら、すなをは頷くと、

「次、8時と5時の方角、2発くるぞ」

と言う声に反応して、鬱陶しそうに後方を見る。

「はいはい、すなを上等兵迎撃するであります」

「なんだそれは」

「ん……、コーヘイが貸してくれた漫画って奴に書いてあった……」

 最小限の動作で避けるすぐ脇を、超音波に近い音ですり抜ける黒い物体。

 熱風と共に遠ざかっていった物体が、遥か彼方で黒煙を上げる。


「ああそう」

「?」

 いつものやりとり。

 だが、いつものように、すなをが「なによ!」と、突っ込むことはなかった。

 ……感じた、僅かな違和感。

 首筋に、微かな痛み。

 かすった? いや、違う。

 首筋に手をやる。

 身体に損傷は無い。

 それに、もし損傷があれば、従属魔であるコロップが何か言うはずだし。

 そう、自分の身体の少し外側。感覚がギリギリ感じられ無くなるあたり。

 その違和感を探しながら、自分の身体の僅か外側、適量的に言うと、0.92フィート外側に意識を集中する。


「無い!」

 目を見開くと、すなをは叫んだ。

 全身に震えが伝染するのに時間は要さなかった。

「……ぐっ!」

 突然襲う激痛に、思わずうめき声を漏らす。

「おいっ! 何故よけない! 2発来るって言っただろ! 当たってるぞっ!」

「無い!」

 しかし、再び叫ぶと、身体を突き抜ける痛覚をよそに、すなをは視線を走らせる。

 本来なら、それがあるべき、やや後方を。

 身体を翻し、界下を見渡す。


 ……どこ?

「馬鹿! そんな体勢になったら、格好の的にっ……」

「……っ!」

 同時に、風切り音と共に、身体の数箇所から、切るような痛みと焼けるような熱さ。

 本能的に身体を庇おうと、体勢が、ややくの字に曲がる。

 紅い飛沫が、その物には似つかわしくない、美しい放射線を描き、空中に霧散する。

 轟音と爆風を伴い、身体の何十倍もの大きさを持つカーキ色の機体が、すなをの背後に迫り、旋回する。


 ……そんな事よりっ

「あった!」

 身体に暖かい感覚が戻るのを感じながら、すなをは一気に降下を始める。

 視線の遙か先に、尾を引きながらゆっくりと落下して行く物体。

 それは、陽光に反射し、時折キラリと光る。

 一点を目指し、最短コースで移動することが、戦闘状態において何を意味するのか。

「当たってる! 当たってるって! おい! 聞いてるのかっ!」

「ちょっと……っ、待ってっ!」


 足首、左肩、右腰、左肘、……

 幾重もの紅い軌跡を残しながら、しかし、スピードを緩めることはしない。

 身体中が生命の危機を訴える中、すなをの意識は全て視線の先に向けられていた。

「もう再生が間に合わない! 消滅するぞっ!」

 わかってる。

 ……あと少し、あと少しだから、耐えて、あたし。

 差し伸べる右手と、銀色の物体との距離はぐんぐん縮まって行き、

 ……あと3

 ……2

 ……1 

 確かな感触が手の中に戻る。

「……よかった」

「全然良くないだろっ! あほーー!」

 突っ込む声と同時に、怒涛のように押し寄せる様々な感覚。

 個々の処理を諦めた脳は、「激痛」とだけ伝えた。

 身体が引き裂かれそうな、その感覚に、すなをは、ようやく自分の身体の状況を把握する。

 急速に、身体の感覚が薄れていく。

「帰らなきゃ……」

 呟くすなをの周りの空気が、徐々に変化していく。

「おいっ! 馬鹿っ! 落ち着け! そんな状態で転移なんかしたらっ!」


 ……帰らなきゃ

 青白い光に包まれながら、100グラムにも満たないその感触を強く握りしめ、遠のく意識の中、すなをは願った。


 コーヘイの元に還りたい


と。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ