努力はするけど・・・
"ジャンル"を決めろって言っていたよな……。
その辺から……、あ、携帯にメールが……なんだ広告メールか。え? パンとコーヒーと目玉焼きが同時に作れるトースターって! 素晴らしい商品じゃないか! ……で、お値段は……なるほどぉ、これだったら別々に揃えるのとそれ程変わらないんじゃないの? ってか、それぞれの機械持っているから今更要らないかって! 最初から分かってんじゃん! あっはっは! 買わないよぉ! ……って全然集中出来てないじゃん! 俺!
いやいや、絶対に無理!
一年前の昨日、その気もないのに約束をした自分が恨めしい。一年後には何とかなっていると思ったのか? ジャンルを決める段階で、もう暗礁に乗り上げてるじゃない。
俺以外の誰かであれば、それが正解じゃないのかってくらいの話で。
とりあえず、飯……。
そう言えば、昨日から何も食べていない。
とは言うものの、いつも休みはこんな感じ。
今日は何を食べようかな……。
「ねぇ? 腹減ってね?」
右手の万年筆に話しかけた。
当然、何も起こらない。
葛川さんは、万年筆ではないもんな。話しかけても出てくるはずはないか。
俺はノートの端にこう書いた。
「何か食う?」
その瞬間、玄関に、葛川さんがこちらを見て立っている。
若干こちらを見てもじもじしているが、それは明らかに何かを催促するオーラをまとっている。
「あ、葛川さん、何か食べませんか?」
それはもう、出逢ってから最速とも思える速度で葛川さんは俺の横に正座で座った。
「何を食べることができるのですか?」
「いや、特には決めていませんが、葛川さんが食べたいものがあれば、それを……と言ってもそれほど高価なものは無理ですけど」
「食べ物の値段はわかりかねますが、私は一度『オムライス』というものを食べてみたいです」
オムライス? そのくらいなら、自分でも作れるけど……。
「指定のお店とかは?」
「いえ、"オムライス"という食べ物を食べてみたいだけです。一応、私にとって、オムライスはキーワードとして設定されておりますので」
そういう事であれば、久しぶりに自ら腕を振るうことはやぶさかではない。
なんといってもオムライスは俺の十八番。コツは、大量のバター。クリームや牛乳を使う人もいるけど、ケチャップライスに乗せた後、ナイフで切れ目を入れてトロ~っとさせるのは断じて大量のバター。
昔から俺の大好物だったオムライス。大学三回生の時にはほぼ現在の域に達していた実績のある一品。よくぞリスエスト頂きました。
しかも、俺は既に悟っている。この出来上がったオムライスにデミグラスソースをかけてしまうといったミスはしない。それは、断じて"オムライスを食べたい人"の為の"オムライス"ではない!
料理は足し算だけでなく、敢えて引き算をすることによって……。
「早く食べたいのですが」(怒)
葛川さんの氷のような冷たい言葉が今や天辺に登り切る寸前の俺の喉に突き刺さり、手を叩く音だけで気絶した蚊のようにテンションがひらひらと落ちていく。
「了解しました。今すぐ作らせていただきます」
黙々と料理を始める俺であった。
傍らで、葛川さんが見守っているのかと思いきや、彼女は彼女で忙しそうに洋服ダンスの前で作業していた。
今度はハンカチが四角になっている。靴下も同じ柄が対に。交互に重なってきちんとしまわれているのは昨日を同じだけれど。