約束
「何もかも忘れてしまっているようですね。それでは、改めて事情を説明します」
「私は、貴方と一年前にした約束の日が来たので、現れました」
それはさっきも聞いた。ただ、約束した覚えがないし彼女のことも知らない。。そこが一番知りたいこと。
「私は一年前に、貴方ととある骨董品店で出会いました。出会った頃の貴方は、私を見るなり、『俺がこれから描く物語には、どうしても君が必要だ。君しかいない! 』と仰ったのです」
心なしか、葛川さんの顔が赤くなった気がする。
「そして、貴方は私をその店から連れ出し、そのまま昨日のお店に連れて行って頂きました。お店では、私のことを色々と考えて下さいました。その熱意に私も押され、『この人と最後まで物語を』と大きな決心を致しました。私の名字である『葛川』は、あのお店で貴方に決めて頂いたものです。その後です。お約束を交わしたのは」
いや、完全にそれ別人でしょ。自信を持って言えるのも虚しいが、骨董品屋から飲み屋の流れ。俺、絶対そんなことする度胸ないし。君も君でよくついて行ったな、と。(自爆)
「葛川さん、完全なる人違い確定です」
葛川さんは怯む様子もなくきっぱりと、
「間違えるわけがありません。その後も週に一度程度は店でお会いしておりましたから。約束の日が来るまでと誓っておりましたので言葉を交わしたことは一度もありませんでしたが」
「いや、マスターも君とは昨日が初対面だと」
「いえ、マスターもよくご存知のはずです。お店に来られた時は、マスターも貴方も必ず私の側におられたのだから」
いつも側に?
いつも座る端から三番目の席は、学生時代からの指定席。一番奥の突き当りがトイレなので奥に座るといろいろ気を使う。連動してその隣の席も。よって、奥から三番目ではあるが、いつも一番端に座っている形になることが多い。
いつも座る席の目の前には、各種ナッツのポットと、電話とその横にペン立てくらいしかないはずだけどな……。
ちょっと待て、何だか色々気になってきたぞ!
店はここから数分で付く。マスターも詳しく聞いていなかったけど、今日、朝から店に出てこないといけないようなことを言ってたっけ?
「ちょっと待っていてくれる? 冷蔵庫にお茶があるから勝手に飲んでいてくれていいから」
そう言って俺は家を飛び出した。