作戦会議
「香子ちゃん、ありがとう! 私、胸がすっとした」
テーブル席に移ってきた天井川が言った。
「ま、彼も香子ちゃんにちょっかいかけて怪我しなかっただけよかったな……」
俺がつぶやくと、香子ちゃんが慌てて”シーッ”と人差し指を口にあてた。
「流石さん、彼を何とかできないのかしら?」
天井川が言った。
「ちょっと僕に考えがある。彼の件は僕に任してもらおう」
「で、千丈川、君の方はどうなんだい?」
「うん、それなりに進展はしているんだけど、まだ口にできない状況でさ……」
「らしいね。テンから聞いた。話せる状態になれば、直ぐに教えてくれよ」
「わかっている。今直ぐにでも相談したい気持ちだ」
……本音である。
正直薫子さんの様態が進展しないことについては、俺も焦りを感じている。
本当に役になっているのだろうかという疑問もしょっちゅう浮かんでくる。
ただ、前例がない。だから続けるしかない。
正直苦しいが、香子ちゃんも必死でがんばっている。だから諦めるわけにはいかない。
「飯でも食べようか」
最上川が言った。
「おいしいものを食べてみんな元気だそうよ!」
場の空気が一気に明るくなった。
最上川、流石だ。本名通りだ。
「マスター、夕食にするよ。何か作って下さい」
最上川は言った。
暫くして、料理が運ばれてきた。
「千丈川さん、私思うのですが……」
香子ちゃんが言った。
「どうしたの?」
「この人たちには、話してもいいと思うのですが……」
「しかし、ねぇ。今はまだ……」
「その話ではないです」
「何の話かしら? 無理には聞かないけれど」
天井川は言った。
「私たちの関係です」
香子ちゃんは俺の目を見ながらそう言った。
「そうだな。そろそろそう言う時期かもしれないな……」
「これ以上隠し通せないことより、知って頂きたい気持ちの方が大きいかもしれません。」
今回の薫子さんの件も、何も言わずにここまで協力してくれた。
当たり前だが、俺はこの二人を心から信頼している。
信じてもらえるかどうかわからないが、とりあえず話してみることにしよう。
「最上川、天井川、信じるかどうかわからないけど、とりあえず俺が今から話すことは全て本当のことだ。聞いてくれるか?」
そう言ってから俺は万年筆を買った日から今日までのことを二人に全て話した。
俺と香子ちゃんの歴史は、それほど長い期間ではないが、30分以上は話していたと思う。
「……というわけなんだ」
「そう言うことだったのか」
最上川が言った。
「信じてくれるのか?」
思わず聞き返す。
「え? 本当の話って言ってなかったけ?」
「私も今の話は信じます。その方が今までのことも納得いくし。指輪の時のこととか」
二人はそう言ってくれた。
「香子ちゃん……」
「千丈川さん……」
どうしてだろう、今までひた隠しにしていたことが一気に解放されてちょっと放心状態だ。
「じゃあさ、改めてよろしくね、香子ちゃん」
最上川はそう言って香子ちゃんと握手をした。
こう言うところは本当にいつも気が利いていると感心する。
「あ、私も」
次は天井川。
香子ちゃんは一瞬あっけにとられながら握手をしていたが、その後、慌てて立ち上がり、ペコリとお辞儀をした。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
そして、この日は少し遅くまで飲んでしまった。
翌朝、いつものように出勤。
「おはようございます! 千丈川先輩!」
今日も絶好調のようだ。
「ああ、おはよう。昨日はいろいろ悪かったな」
「いえ、私は楽しかったですよ」
あれ? 最近性格変わったか?
「また、もう一つの方も、時期が来たら教えて下さいね。できることは何でもお手伝いしますから」
元々性格のいいやつだったが、最上川とつきあうようになって更に磨きが掛かったように思う。
この二人、出会ってよかったな。
この辺も、小説に反映することにしよう。
……数日後
「千丈川? 芥川君の件が片付いたのでその報告」
最上川だ。
「片付く? 何が?」
「彼、勘当されたみたいよ」
「何をしたんだ?」
「別に大したことはしていないんだけどね。単純に芥川商会の社長に連絡とって、親会社の社長の娘さんにいろいろ失礼なことをしてたみたいですよって。」
「は?」
「芥川商会の親会社は葛川貿易なんだよ。芥川君は知らなかったみたいだけど」
「なんと……」
「あの後さあ、僕、ボランティアしてたって現場まで行ったのね。そして集会所のパソコン調べて、ログとってね。芥川がしたネットでの誹謗中傷の証拠を掴んだってわけ。結構簡単だったよ」
怖ぇぇぇぇぇ! 絶対に敵に回したくないタイプだ。
「あとさ、ボランティア団体とはちょっとしたネットワークがあったし、彼に対しての被害届け募ったら、そりゃまあ、大量に押し寄せてさ……。それを丁寧にレポートにして一緒に提出」
「で、芥川は?」
「わかんないけど、家からは勘当されたし、ブラックリストに載っちゃってるからボランティア関係は無理だろうね。ま、ダーツでがんばってもらうということで」
知ってたけど、最上川、怖ぇ。
徹底してるわ。
「そう言うことだから。君は今優先することに専念してくれていいよ」
「ありがとう、最上川」
「いや、借りを返したいと思っていたからね」
「それ、天井川にも言われたけど、俺、何かしたか?」
「僕たちを引き合わせてくれた、愛のキューピットじゃないか」
「そんなのたまたまだろ?」
「分かっていないな、君は。君が大切にするものを同じように大切と思える人間が親しくなるわけじゃないか。君は、そのターミナルとして僕たちを引き合わせてくれた存在なんだよ。君以外のルートで、僕がテンと出会える可能性があったと思うかい?」
「わかったよ、お前が本気で語りだしたことに、今まで反論できた試しがない。お前がそう言うならそうなんだろう」
「本当に納得できているのか怪しいけど、ま、そういうことだよ」
よくわからないけど、そう言うことにしておこう。
ヤツに逆らうと、とんでもないことになりそうだし。