病院へ
週末病院へ。
昨日の晩、今日病院へ向かうことをおじさんに告げたら、今朝玄関で黒塗りの高級車が待っていて驚いた。
おじさん、どっかの偉いさんなのかな。
兎に角乗り心地抜群のVIP待遇に正直恐縮しまくりながらも到着。
早速薫子さんの病室へ。
相変わらず数多くの計器に囲まれている。
「こんにちは」
声をかけてくれたのは、薫子さんのお母さんだった。
お母さんとは幼稚園のお迎えで何度も顔を合わしている。
元々薫子さん同様の美人だが、殆ど変わっていない。
「お久しぶりです。千丈川です。引っ越しの時以来で」
「わざわざありがとうね。いつもありがとうね。薫子のために」
「あ、今日はおじさんは?」
「昨日からまた海外へ出たわ」
「忙しいんですね」
「まあ、仕方がないわね。世界中に五千人以上の社員がいるから。トップが頑張らないと示しがつかないのよ」
五千人!? 何だそりゃ! 超エリート社長じゃないか! そんなすごい人だったんだ! どおりで、あのお迎えも納得できたわ。
早速持ってきた執筆中の小説を取り出す。
「じゃあ、読むね」
そう言って、読みだした。
結果は良好。やはり計器が反応を示している。
香子ちゃんの魂が伝わっているかのようだ。
とりあえず、一章分読んだ。
時間にすると、三〇分くらいだが、結構疲れる。
改めて読んでみると、最初に書いた文章からかなり校正されているのがわかる。
文章を書くときは、基本俺が書いたものを香子ちゃんへ渡す。
香子ちゃんが特殊な空間でそれを演じる。
そこで感情や状況に無理があったり、本気で感情移入できない部分がフィードバックされる。
ここで、修正を加える。
そしてまた香子ちゃんへ渡す・・・・・・、を続けている。
香子ちゃんは実演による確認をする編集者みたいな感じだ。
話の内容によってはすんなり上手くいくときもあるが、最初の方は書き直しの連続だった。
読み終えて計器を見たら、まだ反応を示していた。
その計器がどんな目的で彼女に装着されているのかはわからないが、話の内容と計器のディスプレイに出るグラフの動きとで、彼女の気持ちが少しわかるような気がした。
「もう一度読もうか?」
そう言った瞬間、グラフは大きく動いた。
やはりそうだ。
それからもう一度読みなおした。
さっきよりゆっくりと、そしてさっきより感情を込めて。
二回目は軽く一時間かかった。
これからは、こうやって読み聞かせることにする。
俺は、この日から毎週、この習慣を続けることにした。
数週間後。
彼女の様態は全く変化なし。
周りの人たちは期待が大きかったのか、少しがっかりしている様子。
ただ、俺だけは違った。
彼女が俺の小説を読んでくれている初めての読者だ。
グラフでの反応が嬉しくてたまらない。
力を入れて書いたところはやはりその反応も大きく出る。
俄然、やる気が出てくる。
正直、週末の休みはここ数週間、ここでの読み聞かせと執筆だけで終わってしまうが、他に趣味があったわけでもないので、かえって充実感を感じる。
ひょっとしたら、この小説は彼女の為に今まで書いてきたのではないかとさえ思う。
だとしたら、もっと俺自身が魂を込めて執筆しなければいけない。
「そろそろ帰ります・・・・・・」
今週も二回の読み聞かせが終わった。
「いつもすみません・・・・・・」
おばさんが申し訳なさそうに言った。
最初は、この後豪華な食事へ連れて行かれたが、二回目からは断った。
更にお礼と言って金銭まで出しそうな勢いだったが、これも断じて拒否した。
どうにか感謝の気持ちを伝えようとする両親の気持ちはわかるが、これは友人としてやっていることで、おじさんやおばさん、ましてや金銭のためにやっているわけではない。
「いえ、ほとんど自分の為にやっている感じなんですよ。最近は」
「自分のため?」
「ええ、この小説の初めての読者が薫子さんなんです。俺もずっと執筆はしていましたが、読者の反応をダイレクトにもらえる機会なんてなかったので」
「ありがとうね、そう言ってくれて」
「いえ、本当のことですから」
「あの・・・・・・」
そこに看護師が入ってきた。
「面会時間終わりですか?」
思わず聞いた。
「いえ、実はですね・・・・・・、その小説、私にも読ませて頂けませんか?」
「ええ?」
「時々聞こえてくるのを聞いていたら、先が気になってきて・・・・・・、本当に申し訳ないのですが、とうとう、今日、ナースコールのインターフォンで盗み聞きしそうなくらいだったんです・・・・・・」
「そうですか。気に入ってもらえて何よりです。ただ、もうちょっと返事は待ってもらって良いですか? 一応パートナーの了承を取ってからお返事します」
香子ちゃんの許可がいるのかどうかは知らないが、とりあえず一旦保留にした。
元々、「小説を書け」と言われて書いているのが半分。この小説をどうするかについては正直考えたこともない。
とりあえず今日はこの辺で帰ろう。
帰ったらまた執筆だ。
お? 看護師さんも出演してもらおうかな。
でも、けが人なんて出たっけ? 俺の小説、恋愛小説なんだよな。




