出来ることから
「来てもらえる日は、前日までに連絡が欲しい、メールでOKだ」
これは、おじさんが言っていた言葉だ。
とりあえず、週末までは動きようがない。
その間、俺に出来ることは執筆を進めることだ。
また、しばらくの間、現在の薫子さんのことは他の人には伏せておいて欲しいとのこと。
香子ちゃんには全部話しちゃったけど。
「おはようございます!千丈川先輩」
今日も元気な天井川だ。
「おう、おはよう」
「その後何かわかりましたか?」
「ん、まあな。ただ、今はまだ何も言えないんだよ」
「そうですか。何か事情があるのですね。仕方ありません。私も聞かないようにします」
「ああ、そうしてくれると助かる」
とりあえず、今は仕事。
今後の予定は夕方にでも考えよう。
「そう言えば、モガ、芥川さんのこと見つけたみたいでしたよ」
早いな。さすが最上川。
「芥川さん、どんな目に遭うんだろう・・・・・・ウフッ楽しみ!」
こらこら、笑顔で言うことか。
全く女子というものは、一度敵だと見なしたら、一切の容赦がなくなるな。
怖い怖い。
「ああ見えて、モガ、怒ると怖いんだから」
「よく知っているよ。中学からの仲だし」
忘れもしない、中学二年の時の最上川。
クラスでいじめがあったときに、ヤツが切れたのを初めて見たが、思い出してもぞっとする出来事だった。
今日も週初めとあっていろいろ雑用が多い。
何とか順番にこなし、ようやく落ち着いた頃、時計を見ると昼。
「さて、昼飯だ!」
今日は久しぶりに香子ちゃんの弁当がある。
いつものように美味しい。
幸せな生活は、食文化からと実感。
向かいの席では、天井川がこっちを見ている。
「どうした? 言っとくけど分けてやらんぞ」
「実はですね・・・・・・、先輩に味見して欲しいものがありまして・・・・・・」
「何だ?」
「これなんですけど・・・・・・」
おずおずと差し出した容器には、虎のぬいぐるみのような物体が。
「何だ? これは?」
「・・・・・・一応卵焼きなんですが」
そう言って、容器の蓋を開けた。
確かに匂いは卵焼きのようだった。
「もらっていいのか?」
「どうぞ・・・・・・」
一切れ食べてみる。
「・・・・・・どうですか?」
見た目は結構グロいが、味はしっかりしている。
寧ろ非常に美味しいと言っていいレベルだ。
「美味いよ、とっても。見た目はともかく味はとても美味い」
「本当ですか? 嬉しい!」
「でもまたどうしてこんなことを? 大体味見の相手が違うんじゃないの?」
「実は、私、料理とかしたことがなくってですね・・・・・・今回が初めてって言うか、先輩を実験台にって言うか・・・・・・」
なるほど、最上川に作る練習だったんだな。
「大丈夫だと思うぞ、これなら」
「ああ、良かった。でもモガってめちゃくちゃ料理上手いじゃないですか。もうちょっと練習してからじゃないと・・・・・・」
「十分だと思うけどなぁ」
「そうじゃないんです。レパートリーもまだまだ増やさないといけないし、調理の速度もまだまだアップしないとだし」
何でそこまで・・・・・・、そうか!
「そうか、頑張れよ。毎日のことになるかもしれないんだよな?」
みるみる天井川の顔が赤く染まる。
「べべべべ別に、、、ま、ま、、、毎日ってわけでは・・・・・・」
本当に分かりやすいヤツだな。
「とりあえず、週末は一緒に生活しようか? ってモガが・・・・・・」
真っ赤になってうつむきながらボソボソと喋る天井川にはいつもの切れが微塵も感じない。
「いいんじゃないのか。そうやって少しずつ慣れていけば」
「慣れる! な、な、何を慣れるんですか!?」
絆創膏だらけの両手で顔を覆う。
相当特訓したんだろうな。
「いや、料理のレパートリーと速度じゃなかったっけ?」
「そうです! そうでしたっ! ヤダ! 私、何テンパってるんだろう」
「大丈夫だよ、天井川なら。俺も生暖かい目で見守っているから」
そう言って、笑った。
最上川、ちょっと本気みたいだな。
これはひょっとするとひょっとするかも・・・・・・。
夕方、仕事も終わって帰宅途中、小説のネタを思いついた。
執筆中の小説には、名前を変えてはいるが、天井川が出演している。
勿論、当初は日頃のヤツによる毒舌に対して、どこかで仕返しをしてやるつもりだったが、予定変更だ。
最上川的なやつを登場させて、くっつけてしまうことにしよう。
小説の執筆は、好きで始めたことではないので未だに億劫に思うことも多いが、ネタを思いついたときは、早く書きたくてうずうずしてくる。
段々俺にも作家魂が宿ってきたのかな・・・・・・。
いろいろ頭の中で構成を考えているうちに、家についた。
「ただいまぁ」
香子ちゃんがいるかいないかわからないので、毎日一応挨拶している。
・・・・・・今日はいないな。
では、簡単な夕食で済ますことにしようかと台所へ・・・・・・。
「香子ちゃん!」
そこには香子ちゃんが倒れていた。
彼女を抱き上げて、何度も名前を呼ぶ。
「香子ちゃん! 香子ちゃん!」
しばらくすると、彼女が目を開けた。
「あ、千丈川さん・・・・・・、私・・・・・・」
「大丈夫!? 台所で倒れていたんだよ!」
「・・・・・・ああ、そうでしたか・・・・・・ご迷惑をおかけしました・・・・・・」
また、受け答えがしっかりしない。
「何があったの?」
「あ、大丈夫です。先日薫子さんのお話を聞いて、ちょっと魂を込め過ぎたようです」
「そうか・・・・・・、でもダメだよ。香子ちゃんが倒れていたら本末転倒だよ」
「でも、私が出来ることと言ったらこのくらいのことですから、何でもありません。寧ろ燃えているんですよ」
「・・・・・・」
「ただ・・・・・・」
「ただ?」
「私が千丈川さんの初恋の方のために頑張っていると考えると、何か説明できない気持ちになって・・・・・・、本来は万年筆の中で回復を待たなければいけなかったのですが、無理矢理出てきてしまいました」
そう言って、気弱に笑う香子ちゃん。
俺はそのまま彼女を抱きしめた。
強く強く抱きしめ、唇を重ねた。
まもなく香子ちゃんは姿と消した。
俺は執筆を始めた。
朝飯用の食パンをかじりながら。
香子ちゃんも出来ることを必死でやってくれているんだ。
天井川だって、最上川だって、みんな自分のできることを一生懸命やっている。
俺も頑張ろう!
改めてそう思った。




