残念だわ
ピンポーン
玄関のチャイムが鳴った。(数カ月ぶり)
一瞬、"こんな音だったっけ?"とか考えていると、勝手にドアが開いて……。
「おはようございます。少し遅れてしまいました。準備に手間取ってしまいまして」
ゲゲッ! 昨日の女だ。
どうしてここがわかった?
「今日からよろしくお願いします。短い間かもしれませんが、貴方のご意向に沿える様に尽力しますね」
こう言って女は少し微笑んだ。
おおおおおお! 笑顔がメチャクチャ可愛い!
端正な顔立ちながら、微笑むと一気に目尻が下がり、口角が跳ね上がる。人生史上最大の破壊力だ。
落ち着け! 俺!
現状をきちんと把握するところから始めなくては。
「えっと、どちら様で?」
「昨日、ご挨拶は済ませましたが?」
「ってか、何で俺の家知ってんの?」
「マスターに話していらっしゃるのをお聞きしました」
「で、何しに?」
「これも昨日説明させて頂きましたが」
「今の会話、何一つ答えが出てないよね? 俺の不信感を倍増させただけで」
女性はコホンと咳払いをして、
「とりあえず上がらせて頂いても良いですか?」
「狭いところですが……。どうぞ……」
結局快く迎え入れてしまった。(オス)
リビング(と言ってもワンルーム)に二人きり。女性はきちんと正座。
「では、約束についての説明させて頂きますね。貴方とは、一年前に数時間だけご一緒させて頂いたことがあります。そして、その時に一年後である昨日に再会する約束をしたのです」
淡々と説明してくれてはいるものの、時々俺に対して突き刺さるような視線。俺、彼女に恨まれるようなこと何もしてないよな……。
「その数時間を過ごした記憶が全くないのだが」
「確かにご一緒させて頂いております。ただ、、私の出番は一度もありませんでしたから。
ご自分の設定したキャラの姿でお会いすることで、直ぐに思い出して頂き、執筆活動を再開して頂けるだろうと考えたのですが。私の見込み違いだったようです」
「何か……すみません。でも、本当に何の話だか……」
「私は貴方が設定した『ヒロイン』です。名前は葛川。この名字に覚えがあるはずですが」
「葛川……? 聞いたことあるな……。あ、そうそう、幼稚園くらいの時の俺の『初恋の相手』……って君! あの葛川さん!?」
そう言えば、どことなく面影があるような気がする。俺好みの容姿を中心に正直記憶は曖昧だが。
「残念ながら、私は今貴方の仰っている『葛川さん』ではありません。また、その方を存じ上げてもおりません。但し、今聞いた限りでは、私は貴方の『初恋の葛川さん』がモデルになっているようですね」
何だ、違うのか。まあ、幼稚園の時の葛川さんは、小学校に上がる時にお父さんの仕事の事情とかで随分遠くに引っ越すことになったはず。
俺は全く覚えていないけど"葛川さん引っ越しの日の号泣伝説"については、二十歳になるまで事あるごとにお袋にからかわれ続けた記憶がある。とか回顧している場合ではない。話を続けよう。
「では、葛川さん。僕の話も少し聞いてもらえるかな」
「ええ、どうぞ」
「昨日のことについては俺も気になっていて、一年前の自分を振り返って何か手がかりがないかを調べていた所だ」
葛川さんは少し首を傾げてこう言った。
「で、何か思い出すことができましたか?」
非常に申し訳ないが、手がかりはない。俺は静かに首を横に振った。(両手はしおれた朝顔の葉っぱ)
「残念だわ」
そう言って、彼女は少し寂しげな表情で、髪を書き上げた。
辺りには、優しいフローラルの香りが漂った。
その香りはどこか懐かしい様な、何とも癒される俺好みの香りだった。