お久しぶり
十五分ほどして、病院に到着。
とても大きな病院だ。
おじさんの後について最上階へ。
角の個室が彼女の部屋のようだ。
「この部屋だ。入りたまえ」
そう言ってドアを開けてくれた。
中に入ると、沢山の計器が設置されており、その真ん中で彼女は眠っていた。
「お久しぶり。覚えている? 千丈川だよ」
自分でも驚くくらいに落ち着いていた。
「ちょっと無理言ってね、おじさんに無理矢理連れてきてもらったんだよ」
二〇年ぶりと思えないくらいスラスラと言葉が勝手に出てくる。
「あのさ、葛川さんのブログ全部読んだよ。すっごい頑張っていたんだね。あ、それとたたらから大体の事情も聞いた。大変だったんだよね」
「千丈川君・・・・・・」
おじさんが少し驚いている。
自分でも驚いている。
ただ、いつもは現れるかどうかわからない香子ちゃんに話しかける習慣があるせいだろうか、全く違和感なく言葉が出てくる。
「千丈川君、薫子には・・・・・・」
「いいえ、言葉は必ずしも耳から聞くものではありません。魂の伝達がうまくいけば、伝わっているはずなんです。」
俺には確信があった。
「ほう・・・・・・」
いきなりバタバタと医者と看護士が入ってきた。
「今、僅かですが計器に反応がありました!」
そう言って薫さんの脈を取ったりといったいろんな検査が開始された。
「・・・・・・一時的なものだったか」
少し残念そうな医者。
「ここ数分の間に何か変わったことは?」
「彼が話しかけただけだが・・・・・・」
「それですね! もう一度話しかけてもらえますか?」
医者は必死だ。
「葛川さん? たたらが酷く心配しているんだ。今の状態を伝えてもいいかな?」
「動いた!」
医者が叫んだ!
「今、確かに計器に反応があった! その調子でどんどん話しかけてくれるかい?」
俺が話しかけることによって、何か話が好転するのであれば、それはやぶさかではない。
ここはいっちょ、頑張って話しかけてみるか。
「あのさ、俺、不思議な体験をしてさ、今小説を書いているんだよ。その小説ってのが恋愛小説でさ。お父さんもいるところで言いにくいんだけど、ヒロインが”葛川 香子”っていうんだよ。」
「確かに反応あります!」
今度は看護士が叫んだ。
「君、続けて!」
「でさ、香子って名前だけど、葛川さん、幼稚園の時自分のこと”カコ”って言ってたじゃない。そこからきたんだよね」
「いいぞ! もっと!」
「じゃ、今度執筆している小説を持ってきて、読もうか? 聞いてもらえるんだならだけど・・・・・・」
「大きく反応しているぞ!」
こうして数分間俺は葛川さんに話しかけた。
「そろそろいいでしょう。患者の体力も気になるので。ご協力ありがとうございました」
その医者の一言で一旦終了した。
「こんな大きな反応はここ一年で初めてだ。何か回復の糸口になるかもしれない」
医者は俺のことを見つめた。
「俺が役に立つのであれば、また来ますが・・・・・・」
「そうか!来てくれるか?」
そう叫んだのは医者ではなく、おじさんだった。
「私たちがどんなに話しかけても今まで反応がなかったのだよ。それが君が話しかけると反応した。もう、君に頼むしかないのだよ」
自宅からはちょっと距離があるが、これで彼女の回復に貢献できるのであれば、何とかするべきだろう。
「わかりました。できるだけここに来て彼女に話しかけるようにします。」
「ありがとう、千丈川君、交通手段については、私が何とかしよう。本当に手間をかけることになるが、何とかよろしく頼む」
おじさんはそう言った。
その後、おじさんと連絡先を交換し、俺は家に帰った。
帰宅後、香子ちゃんに今日のことを全部話した。
「そうですか。執筆のペースは若干遅れそうですが、今回は仕方がありませんね
」
「それで相談なんだけど、今まで書いた小説を彼女に聞かせようかと思っているんだ。どこまでなら良い?」
「今、執筆して頂いた分は全て完了しています。今後も急ぐようにします。是非読んで差し上げてください」
「どのくらい効果があるのかはわからないけど、兎に角出来ることはやっておきたい。でないと後で後悔するような気がする」
「そういう千丈川さんは大好きですよ」
少し拗ねたような表情で笑いながら香子ちゃんは消えた。
よし! 執筆しようか。




