住所と電話番号
電話がなった。
「あんた! 聞きたいことがあるってなんなの? 仕事は順調? ちゃんとバランスよく食べてる? お酒ばっかり飲んだりしていない? 彼女できたの? 結婚はいつするの? あんたがどんなに知りたがっても、母さんが密かに熟年離婚を考えているとか口が裂けても言わないよ!」
朝一番からインパクトあるな、お袋。
内容もチョイチョイ問題あるけど、今はとりあえず置いておこう。
「実はさ、幼稚園の時の同級生なんだけど……」
「あんたの同級生? 誰よ? 岩木川さん? 北上川さん? 岩見川さん? 吉野川さん? 鮫川さん?」
ってか幼稚園の時の同級生の名前なのによく覚えているな。しかも東北五県コンプリート。お袋、クールだぜ。
「いや、葛川さんなんだけど」
「葛川さん? それを早く言いなよ。母さん、川の名前、ググっちゃったじゃないのよ」
「あ、ググったんだ」
「そりゃそうよ。あんたの幼稚園の時の同級生と言ったら、葛川さんしかないでしょ? あんたのお別れするときの号泣ぶりと言ったら、近所でも有名よ。引っ越しのトラックのタイヤにしがみついて離れなくなって、大騒ぎだったんだから。大体母さんはこういうことピーンと来るタイプなのよね。前にも豊平川さんところのご主人がゴミ出している時に、何となく浮気している予感がしたのよ。案の定その晩、豊平川さんちから奥さんが怒っている声が聞こえたもの」
「近所で有名なのは、お袋が宣伝しまくったからだろ? もういいよ、その話は。何回も聞いたから。それから、ひとんちのことを勝手に邪推するのも良くないよ。おばさんが怒っていた理由が浮気かどうかわからないでしょ。あのおばさん、年中怒っているし」
「あら、あんた、豊平川さんの味方?」
「そういうことじゃなくって!」
「で、何なのよ。葛川さんがどうしたの?」
「引越し先とかわかるかな。だいぶ昔のことだから無理かもしれないけど……」
「え? 毎年お母さんからは年賀状頂いているから直ぐにわかるわよ」
何ともあっさり解決してしまいそうだ。
「ちょっと待ってな。あんたんち、ファックスあるの?」
「あるよ。でも、メールで全然問題ないんだけど」
「遠慮しなくていいわよ。母さんだってファックスくらいは使えるんだから」
「だからぁ……」
「まさかあんた! 母さんがそんなことも出来ないと思っているの? 既にボケて来ているとでも? お正月に老眼鏡頭に乗っけたまま十分くらい探したのは、母さんの"ネタ"よ。バカにしちゃいけないよ」
もう、めんどくさい。
「わかった。じゃ、ファックス待ってる」
そう言って電話を切った。相変わらずだな。お袋。
五分後、年賀状の鶴と松のイラストの横に、年始の挨拶だけ書かれた裏面をファックスしてきたので、もう一度電話して口頭で教えてもらった。
「住所分かったのですか」
香子ちゃんがトテトテやってくる。一瞬、辺りが甘い香りに包まれる。朝一番からのこの美しさはギルティだ。
「何とかね。お袋が知っていた」
住所を見ると、幼稚園の時は外国にでも行くくらい遠いところに引っ越したと思っていたが、案外近い場所だった。
電車を乗り継ぐと、二時間程度で着く。行ってみるか……。
でも、いきなり行ってどうする? 「久しぶり!」ってなのりでもないだろうし、向こうだっていきなり二時間かけて会いに来られても正直引くだろ。
そもそも未だに実家に住んでいるかどうかも怪しいし。
年賀状には電話番号は書いていないから、とりあえず連絡もできないな。
お袋にもう一度電話して聞いてみるかな。
「あんた、どうしたの? 何度も電話してきて、母さん忙しいんだから」
「電話番号わかるかな?」
「誰の? 後良川さん? 相良川さん? 与那良川さん? ホーラ川さん?」
「お袋、さっきのページまだ見ているだろ」
「あらバレちゃったのね。あんた、川の名前って面白いのがいろいろあるのよ」
「で?」
「ああ、葛川さんの電話番号ね。わかるわよ。かけたこと無いけど。」
「それを今、"口頭で"言ってくれる? メモするから」
「そんな個人情報はそうやすやすと他人には言えないわね」
「そうですか。他人ですか。俺はてっきりあんたから生まれてきたと思っていましたが」
「そうよ、あんた生まれる前から面倒な子だったわねぇ、二日に一回は逆子になるし、出てくるまで何時間もかかったと思ってんの? 本当に大変だったんだから!」
「いいからさっさと言え!」
そんなわけで、ようやく葛川さんの電話番号を聞き出すことが出来た。
住所と電話番号聞くだけで、千八百字以上かかった。(独り言)




