どうしているのかしら
「私のモデルになっている、"葛川さん"ってどんな人だったんですか?」
香子ちゃんが聞いてきた。
「俺もしっかり覚えているわけでもないんだけど、幼稚園の時、好きだった子らしい」
「らしいって千丈川さんは全然覚えていないんですか?」
「顔は覚えているよ。恐らく香子ちゃんそっくりだと思うよ。その他は何となく覚えている程度。詳しいことはお袋から聞いた」
そもそも香子ちゃんの容姿設定は、その記憶を元にしたのだから当たり前といえば当たり前。
まあ、大人になって、随分変わっている可能性もあるだろうけど。
「……そっくりですか。 そうですか。その後は?」
「それっきり。遠くへ引っ越したみたいだったから」
そう言えば、どうしているのかな、葛川さん。
クラスメートだったから、同じ26歳くらい。
美人になっているんだろうな。
思わず口元が緩んだのを香子ちゃんは見逃さない。
隣で、やや険しい表情でこちらを見ている。
「香子ちゃん、こっちへおいで」
と呼んだ。
「何ですか?」
しっかり彼女を抱きしめた。
「千丈川さん、ちょっと苦しいです」
構わず強く抱きしめて、唇を重ねた。
驚いた様子で、香子ちゃんは言った。
「どうしたんですか?」
「今、自分の一番好きな人が目の前にいる。その人を思い切り抱きしめて、キスをするのに理由なんてないよ」
初めてこんな台詞を言ったけど、案外冷静だった。
自分でも驚くくらい自然に口から飛び出した。
「そうですね、じゃ、私も抱きついちゃいます」
そう言って、俺の胸に飛び込んできた。
「でも……。私も少し気になります」
「ん?」
「オリジナルの"葛川さん"です。」
「ちょっと調べてみようかな」
「良いですね、小説にも幅が出そうです」
「では、捜査開始と言うことで」
「了解しました。私はこれにて」
そう言って、彼女は消えた。
さて、どうするかな。とりあえず、当時のことは全然覚えていないし。
それはそうと、最近香子ちゃんも色々忙しそうだな。
香子ちゃんは、基本24時間営業だ。
もともと"寝る"という概念がないらしい。
万年筆で待機している以外は、俺の執筆した小説を違う次元の空間で演じているらしい。
このことによって、小説に"魂"が宿るとか。
彼女がヒロインを演じている空間は、幽霊の漂っている空間とか、麻酔で眠っている状態とか、昏睡状態の状態とか、気絶している状態と同じようなものなのだとか。
空間によってその距離は違えど、彼女の空間は、幽霊の空間とはご近所だとか。
彼女曰く、基本"魂"が漂う空間なんだそうだ。
俺の書いている小説には、彼女の他にも当然沢山のキャストがいるが、その空間でしか存在していないし、他の空間があることも認識していないらしい。
だから、香子ちゃんみたいに、ひょいと出てくることはない。
逆に香子ちゃんの方が超レアなケースらしく、前例もないとか。
ただ、幽霊の空間には、場所や情念に固執して、人間が生活する空間にだけ一時的に移動できる場合があるとのこと。
実態があるわけではないから誰にも見えないけど、"魂"はあるので、気付く人は気付く。
所謂"霊感"の強い人はそういう人に当てはまるのだろう。
面白いのは、小説を演じる空間。
誰かが小説を書けば、必ず出現するとは限らないらしい。
しかし、市販されている小説の殆どには、この空間が存在していて、各キャストが自分の役に"魂"を注いでいる。
俺にこの空間が与えられたのは光栄この上ないが、自分自身の手柄ではないのだろう、と思っている。
俺の前にこの万年筆を使っていた人が、さぞかし"魂"のこもった執筆をしていたと推測している。
なぜなら、彼女はこの万年筆から出てきたのだから。
とりあえず、葛川さんのことも気になるが、この万年筆の前の持ち主も気になってきた。
ついでにこの件も探偵ごっこの調査内容にすることにするか。




