手帳
午前十一時半、ようやく目が覚めた俺は、昨晩のことを思い出していた。
しかし、何度思い返しても、どうにもよくわからない。
一年前……。
全然思い出せない。何か記録でも残っていれば……。
手帳……。
今まで使っていた手帳なら過去数年分保存している。
俺が使っている手帳は、学生時代から同じメーカーの同じタイプのもの。使い終わった手帳は全て残している。訳のわからないことが満載なので、捨てるに捨てられない。
見た目は極めてシンプル。中身も所謂「レフト型」と言われるベーシックなものだが、俺はこの手帳を愛してやまない。
右側のフリースペースが格子になっており、図形でも文字でも自由に書き込めるデザインになっている。(筆者無類の手帳好き。しばしお付き合い下さい。)
ここがこの手帳の肝となる部分で、このフリースペース欄に、ブレーンストーミングでも議事録でも自由に書き込めるのがお気に入りの理由だ。
そんなわけで、引き出しには殆どデザインの変わらない手帳が、表紙の四桁の数字だけが少しずつ変わって、数冊入っている。
一冊を取り出す。三年前の手帳だ。
開いてみると、今の生活では考えられないような呑気な学生生活での予定が書き込まれている。
その当時はそれなりに忙しい日々を過ごしているつもりだったのだろうけど、社会人二年目の俺から見れば酷く甘ったれた内容だ。(羨)
ブレーンストーミングによる将来設計も書き込まれていた。かなり楽観的で、予定通りであれば、社会人二年目の俺は、そろそろ壮大な夢を叶える所まで来ているようだ。(謝)
タイムマシンがあれば、すぐさま当時の俺に会いに行き、小一時間説教(+体罰)をくれてやるところだが、そうもいかない。
この時期の自分の愚かさを深く反省し、一日も早くこの黒歴史を忘却することに専念する決心をして静かに手帳を閉じた。
同じ過ちを繰り返さないためにも今度は去年の手帳を手にする。
四月から五月のページには、毎週あった会社の新任者定例会議の内容がいかにも重要そうに書き込まれていた。
「会議の時に熱心にメモをとっている姿をアピールすることも、大切な仕事の一環だぞ!」先輩の誰かに言われたような気がする。因みにこの先輩には
「いいか? 『人妻』ってのは、高級ブランド名だ。覚えておけ」
とも教えられたっけ。
問題の六月辺りをチェック。
何だ? これ!? フリースペースがいきなり買い物リストに変身している。
ブレーンストーミングや議事録は全てキレイに消え去っていた。
「万年筆に二万円!?」
何を散財しておるのだね? 俺。
始めてもらった寸志に足元が浮ついていたんだろうな。しっかりシタマエ。
ところで、その超高価な万年筆は今使っていないのが。その後どうなった?
到底見つかるとは思わないが、一応部屋を見渡した。
目的の万年筆よりも圧倒的な速さで目に入ったのは、カゴ満タン(多溢)の洗濯物。
「まずは、こいつを何とかしないとな」
目覚めて初めて立ち上がった。
洗濯機へ水を貯める。そして、入るだけの洗濯物を無差別に放り込む。
ガッチガチに固まった洗濯洗剤を専用計量スプーンで力任せにガリガリ削っていると、玄関のチャイムが鳴った。