アルバイト
「千丈川さん」
「何でしょう」
「私、アルバイトをしようと思っています」
「そうですか。でもまたどうしてですか?」
「先日ご一緒させて頂いた本屋さんで、アルバイト募集の広告が掲示されていたのです。それを読んでいたら、店長さんからお声をかけて頂いて」
だろうな、誰だって『こんな美人が海の店にいたら……』って飛びつくだろうな。
「私、一度お断りしたのですが、手伝いで十分だから、って」
そう言えば、爺さんが道楽でやっているような本屋だったな。
個人商店だから、親戚が手伝うノリなんだろうな。
本堂川書店だっけ。
人雇うほど忙しそうに見えないけど、爺さんも歳だし、辛くなってきたのかな。
「そんなわけで、平日限定で時々お手伝いに行きます」
「友達が沢山できると良いですね。楽しんできて下さい」
まあ、特に問題はないだろう。
と言うか、香子ちゃんこっちの世界での生活が、人っぽくなってきたな。
このまま人になればいいのにな。
数日後、俺は仕事帰りに本屋に寄ってみた。
いつもはほとんど客がおらず、落ち着いて本を選べるのでお気に入りの店だ。
ところが、
「何だ? すごい人数だな」
それほど広くない店内に、客が溢れている。
香子ちゃんはニコニコしながら、レジに座っている。
今どき、レジで店員が座っている本屋なんて、この店ならではだ。
「こんばんは」
「あ、千丈川さん、来て頂けたのですね」
嬉しそうに彼女は微笑む。
「すごい人だね。初日から?」
「いえ、初日は殆ど誰もお越しになりませんでした。レジに来られたのはお一人かお二人で」
「兎に角邪魔したら悪いから、俺は先に帰るよ。 じゃ、また後で」
「はい」
とりあえず店から出た。
……多分あれ、香子ちゃん目当ての客ばかりなんだろうな。
家で夕食を作っていると、香子ちゃんが帰ってきた。
「お疲れ様、疲れたでしょ」
「いえ、作業なので疲れません。魂は必要ありませんから」
よくわからないが、例の空間でヒロインを演じる時には激しくエネルギーを消費するが、日常生活においてはそれほどエネルギーが要らないらしい。
詳しく考えても結論が出るわけがないから、彼女の説明は基本鵜呑みにしている。
「食事できたよ」
今日は、豚しゃぶにした。彼女が疲れて帰ってきた場合に備えたが必要なかったみたいだ。
「あ、ありがとうございます」
香子ちゃんは、部屋着に変わっていた。
着替えている様子を見たことがないから、自然に変わるのだろう。
その辺も考えるのをやめた。
「「頂きます!」」
「どうしてあんなに沢山のお客さんが来るようになったの?」
「あれはですね。初日にあんまり誰も来られないので、店の本を順番にスキャンしていたのです」
「ふ~ん、暇も暇で大変そうだな」
「あ、勿論店長さんの許可を取って…と言うか、店長さんが『暇ならその辺の本でも読んでいたらいいよ』と」
「本当に道楽だな、あの爺さん」
「するとですね…、私個人の意見なのですが、店の前の方にある本の殆どが"魂"を感じないのです」
「それで?」
「とりあえず、あちこちの本をスキャンして、私が"魂"を感じるものを店の前に、感じないものを奥に配置したのです」
「すると、入り口ばかりに人が集まってしまって、それを通りがかりの方が『なんだ? なんだ?』と」
……それであの盛況ぶりなのか。すごいな香子ちゃん。
「次いった日は、お客さんが一箇所に集中しないように、分散して配置するつもりです」(てへぺろ)
「ングッ!!」
今の"てへぺろ"は効いた、クリティカルかつインフィニティな破壊力だった。……死ぬかと思った。
まあ、本に関しては、彼女の才能だよな。
うまく発揮できる仕事先で良かったな。
「ところがですね。やはり"売れ筋"の商品もあるようでして。場所に関しては、ある程度ルールがあるようなので、それも勉強しなくてはいけません」
そう言って、小さくガッツポーズを取る香子ちゃん。何しても美しい。
数日後、香子ちゃんの様子が少し変わってきた。
ある日……
「おかえり。 夕飯できているよ」
「ほほう、これは準備の良いことだな、この香り、レイアウト、そして彩り、全て見事であるな」
「……香子ちゃん?」
「ああ、すみません。今日はグルメ漫画ばかり二〇冊ばかりスキャンしたので…」
またある日……
「香子ちゃん、気がついたら調味料が切れていたから、今から買いに行ってくるね」
「了解です! 私は後方より援護します! 今から突撃ですね!」
「……香子ちゃん?」
「ああ、すみません。今日は特殊部隊ものを一〇冊ほど…」
俺は、次の日、菓子折りを持って店に行き、事情を話して暫く香子ちゃんにお暇を貰った。




