変わらない事
土曜日、冷蔵庫の食材が寂しくなってきたので、買い物へ。
7月に入り、外を歩くと少し汗ばむ。
隣を歩く香子ちゃんは、いつも涼しげだ。しかも美しい……。
「香子ちゃんは汗かかないの?」
「汗をかく必要があれば、かきますが、必要なければかきません」
聞いた俺が馬鹿だったな。
今日は散歩がてら、いつものスーパーではなく、ちょっと遠いスーパーへ向かっている。
それから暫くしてスーパーに到着。
入り口で、チラシを配っている。
「ハイ! 奥さん!どうぞ!」
香子ちゃんがパートのおばちゃんにやや強制的にチラシを渡されていた。
香子ちゃんは暫くチラシを見ていたが、突然声を上げた。
「まぁ! なんてことを!」
「どうしたんですか?」
「ダメです! 千丈川さん、このお店はダメです! 直ぐにいつものお店に行きましょう! 私はこの店の人が信じられません!」
尋常ではない表情。何があった?
「何事ですか?」
「ここです、ここを読んで下さい。『親しんで下さい』って書いています。私にとっての親は、私を産んでくれた千丈川さんです。その千丈川さんに対して『しんで下さい』はあんまりです!」
……義務教育と一般教養はクリアしてるはずなんだけどな。
「香子ちゃん、これは『親死んで下さい』ではなくて、『親しんで下さい』って読みます。『仲良くして下さい』って意味ですよ」
一気に香子ちゃんの表情が明るくなった。
「そうですか。おかしいと思いました」
最近わかったことだが、彼女、時々天然が入っていることがある。
と言うか、段々天然が入ってきているような気がする。
外の世界に出て、外の世界において新しい人格が形成されているかのように。
「古風な言い回しですが、きっととても柔らかいのでしょうね」と手に取ったのは"やわらかいなり"
説明が面倒なので、スルー。コロ助かよ。
ようやく買い物が終わり、レジ袋に入れ終わった後、
「おむすびを欲しがっているようなのですが、どなたに渡せば良いのですか?」
いやいや、確かに"おむすびください"って買いてあるけど!
いつもはエコバッグ持参だから、気が付かなかったんだな。
まあ、これに関しては、前に子供が親に言っているのを聞いたことがあるな。
買い物の帰り、公園の横を通りががった。
「あの方は最上川さんではありませんか?」
さすが視力5.0。(多分)
彼女の視線の先に目を向けると、確かに最上川がいた。
何故か泥だらけでゲラゲラ笑っている。
周りには五人くらいの子供が走り回っている。
「お兄ちゃん! 虫捕まえたよ! 見て!」
「お兄ちゃん! トンネル掘るの手伝って!」
"お兄ちゃん"と呼ばれる最上川は、大人気だ。
「何やっているのでしょう」
……続けていたんだ。
最上川と知り合ったのは、中学校から。
本当にいいヤツで、いつもみんなの人気者だった。
ただ、部活には頑なに入らなかった。
スポーツ万能だったヤツはいろんな部からお誘いはきていたが、「用事あるから」っていつも断っていた。
俺も不思議に感じていたが、そのお蔭で帰宅部だった俺と毎日一緒に帰ることができた。
ヤツが部活に入らない理由を知ったのは、高校に入ってからだった。
当時の俺は、あまり外を出歩かなかった。
たまたま駅前の本屋からの帰り、この公園で最上川を見つけたんだ。
その姿は今と同じ、ゲラゲラ笑いながら泥だらけになって子供たちと遊んでいた。
「この子たちは?」って聞いたら、「僕の家族」って答えた。
俺がよくわからない顔をしていたら、教えてくれた。
この子達は、施設の子達なのだ。
学校の帰り、俺と別れてからほぼ毎日施設に通い、子供達の勉強を見たり遊び相手になったり、施設の手伝いをすることもあったらしい。
恐らく"お兄ちゃん"の呼び方も、その時代から子供達の間で代々受け継がれてきたのだろう。
ヤツの施設や施設の子供達に対する愛情は深い。なぜならヤツ自身がこの施設出身なのだから。
詳しい話は聞かなかったが、ヤツはこの施設で育ち、中学になる時に養子としてこの施設を出ることになったらしい。
養子先の夫妻も、ヤツがここに通うことを喜んでくれているって言ってたな。
誰にでも平等に優しい性格は、そういった環境があったからかもしれないな。
「あの子達は、最上川の家族であり、友達でもあるんだよ」
香子ちゃんにそう言った。
「では、今日買ったジュースがあります。差し入れしましょうか?」
香子ちゃんはレジ袋の中をゴソゴソ探し始めた。
「いや、家族水入らずのところだ。お邪魔しないようにしよう」
香子ちゃんは暫く俺の顔を見ていたが、にっこり微笑んで、
「そうですね。さすが千丈川さんです。千丈川さんのそういうところ、私大好きです」
ん? 俺の株が上がったのか? まあ、良いけど。




