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完全ノープラン宣言  作者: 想多メロン
伝えたいこと
24/51

何も出来ない

店から出た後、葛川さんは上機嫌だ。

信号で止まる度に、左手の指輪を見て微笑んでいる。


まあ、これで、先日の失言を埋め合わせることが出来たのなら安いものだ。


「気に入って頂いて、何よりです」

「こちらこそ、この指輪も喜んでいるようです」


「葛川さんは指輪とお話ができるのですか?」

「出来るわけないじゃないですか。ファンタジー小説でもないのに。そのくらい気に入っているということです」


いやいや、常識で考えたら当たり前だけど、葛川さんに限ってはどんなことが出来ても不思議じゃないもんな。


「そろそろ夕飯時ですが、今日はどこかで食べて帰りましょうか?」

「お任せします。今の状態だと何を食べても味が分からないかもしれませんが」


「大丈夫ですよ。バッチリスパイスが効いている料理を出すお店ですから」

この間、最上川と行ったアジア料理だ。

そう言えば、天井川を連れて行ってやろうとか思っていたけど、忘れていたな。


「千丈川!」

声をかけてきたのは最上川だった。

「今日は遠慮なく声をかけさせてもらったよ。あ、こんばんは。僕、最上川って言います。千丈川とは中学からの付き合い。宜しくね」


こいつのこのフランクな感じ、本当に凄いと思う。

「これからの予定は?」

俺に聞いた。

「前に教えてもらった店に行こうかと」

亜細亜味屋あじああじや? あの店の味、癖になるでしょ?」

そんな名前だったんだ。

「彼女は……」

「あ、申し遅れました。葛川と申します」

ペコリとお辞儀をする葛川さん。

「葛川さんは行ったことあるの?」

葛川さんは、俺の顔を見た。

「彼女は、今日初めてだ」

代わりに答えた。

「最上川、お前この後用事ないようなら一緒に行かないか?」


俺の提案にヤツは目を丸くした。

「良いのかい? 折角の二人きりの時間を邪魔する事にならないかい?」


二人きりの時間と言われても、基本常に二人きりだったりするわけで、彼女には俺しかいないわけだし。

こっちの交友関係も少しは広げたほうが良いだろう。

まあ、俺の親心ってやつだな。


「それに彼女の意見だって」

「私は構いませんよ。少し緊張していますが。千丈川さんのお友達なら大丈夫な気がします」


「じゃあ、行こうぜ」

俺は先頭を切って歩き出した。


「おいっ! 千丈川!」

「何だよ。まだ何か問題あるのかよ」


「かなり大きな問題だね」

「何だよ」


「店、完全に反対方向」


「お前を誘って本当に良かったよ」


「お役に立てて僕も嬉しいよ」


そして三人で店に向かった。


店では取り留めのない話が楽しく続いた。

話し上手な最上川がいると、葛川さんも話しやすそうだ。

こういう配慮が出来る辺りが、ヤツのモテる理由だろう。


「これ、美味いな」

「ええ、初めて食べる味です」

「でしょう。僕も最初驚いたよ」


「ソースにトマトを砂糖漬けにしたものが入っていますね」

葛川さんが赤い小さな物体を箸でつまんでいる。

「よく分かったねぇ。僕、何度も食べているけど気が付かなかったな。どれ、あ、これだ。本当だ。トマトだこれ」


「葛川さんは料理上手なんだろうね」

最上川は俺を見てニヤッと笑った。

「相当なもんだよ」

胸を張って言える。


「かなり練習したの?」

「いえ、千丈川さんの部屋にあった料理の本を、二冊ばかり読みました」


「すごいね! 読んだだけで作れちゃうんだ」

「あ、でもその本の料理しか作れないのですが」


「ちなみにその本だけど、一冊二〇〇品は載っているやつだから」

これはちょっと自慢してみた。


「すごいねぇ。ところで、確か君も料理に関してはそこそこの腕だった気がするけど、その本で勉強したのかい?」


「一人暮らしが長いからね。ただ、その料理本は俺が買ったものじゃない。いつの間にか部屋にあった。誰かが忘れていったものかもしれないな」


「心当たりはないの?」


「うん、学生時代はいろんな奴が遊びに来ていたからなあ」


「誰かに料理作ってもらったことは?」


「あはは、そんな奇特な奴は……、いたな。確か阿武隈川(あぶくまがわ)だったかな」

「あ、それなら話は繋がるよ。彼女、君のこと狙っていたから」

「そうなの? 全然気が付かなかった。"家で作りたいから毒見して"って言われたような気がする。結局何度か自分で味見しているうちに、泣きだして帰っちゃったけど」


「それはご愁傷さまだったね、彼女」

「俺もちょっと味見したけど、泣きそうになった。じゃ、阿武隈川に返さないといけないな」

「その必要はないんじゃない。本人にとっては黒歴史だろうし」


「阿武隈川とはそれっきりだけど、今どうしているのかな」

「ああ、彼女なら結婚して子供もいるよ」

「そうなの? 幸せを掴んだんだな、良かったな。いい子だったし」


横でずっと話を聞いていた葛川さんに最上川は話した。

「ごめんね、葛川さん、知らない人の話、つまらないよね」

最上川のこの辺のフォローがさすがだといつも感心する。

「いいえ、千丈川さんの昔の話が聞けて良かったです。その女性も今は幸せそうで何よりです」

少し葛川さんの表情が曇ったような気がしたが……気のせいか? 


「葛川さんも、今日はいつもの何倍も幸せそうな顔をしていましたよ」

その瞬間、葛川さんの表情が、ぱあっと明るくなった。

「そうですか? ちょっと恥ずかしいです。でも、今日は最高に幸せな気持ちなんです」


「それは聞かせてもらわないと」

最上川がそう言うと、葛川さんはにっこり笑って、左手の指輪をアピールした。


「ええっ!? 千丈川、そういうことなのか?」

「ささやかなプレゼントさ。予想以上の喜びようでね」


「そりゃそうだろ! こんなめでたいことはないよ! 僕は君の友人として、心から祝福するよ!」

最上川まで大袈裟だな。


「で、式はいつなの? お互いのご両親とはもう挨拶済んだの? 子供の予定は?」

何だそりゃ、いくらなんでも話が飛躍し過ぎじゃないのか。

葛川さんだって、唖然とした表情をしているじゃないか。


「ちょっと待て最上川、何の話をしている?」


「何って、二人は結婚するんだろ? これって婚約指輪だろ?」


しまった! そう言えば、葛川さん左手の薬指に付けていたのを忘れていた! 


「いや、そういうことではないんだ」

「違う? 何が?」

「これはそういう意味では……うわッ!」

いきなり背中に衝撃が。


「千丈川先輩! 我慢できずに登場しました! おめでとうございます!」

「天井川!? どうしてここに!?」


だって、前に「良い店見つけたから今度連れてってやるって言ってから、全然声をかけてくれなかったじゃないですか。大体の位置は聞いていたので、、自分で来ちゃいました。まさか、こんな場面に遭遇できるとは」

そう言うと、今度は葛川さんの方に向き直した。

「始めまして、会社で千丈川さんの後輩&部下やっています、天井川と申します。宜しくお願いしますっ!」

「あ、初めまして、葛川です……」

天井川の、突然の乱入と無駄な元気に、葛川さんも戸惑い気味。

「で、式はいつなんですか? お互いのご両親とはもう挨拶済ませたんですか? お子様のご予定は?」

最上川と同じことを言っている。


「二人ともよく聞いてくれ、そういう事じゃないんだ」

あんまり強く否定するのも葛川さんに悪い気がするが、違うものは違う。


最上川と天井川はお互いに顔を見合わせている。


葛川さんに視線を向けると、真っ青になっている。どうした? 


「私……、私、全部出来ないんですね。何も出来ないです……」


そう言って、立ち上がり、走って店の外へ出て行ってしまった。


「「何だか……。申し訳ない……」」


二人ともしょんぼりしている。二人のこんな姿初めて見た。


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