契約彼女
「どうして? あの後ずっと無言で、お友達随分気にされているように見えましたが」
帰宅後葛川さんはそう言った。
「説明しても信じてもらえないよ」
「友達でもですか?」
「誰でも。普通あり得ないから」
「それにしたって、無言はちょっと」
「話、聞いていたの?」
「少し聞こえていました」
「どう言えば良かった?」
「どうって」
「だって説明できないでしょ、君との関係。なんて説明したらいいのか分からなくって、ずっと考えていた」
「そうだったんですか」
「葛川さんだったらどう説明する?」
「私ですか? 私は誰からも聞かれることがないので」
「じゃ、小説の中で聞かれたとしたら?」
「その台詞を決めるのは、私ではなく貴方ですから」
「葛川さん、ヒロインじゃない」
「ヒロインも台本持っています。ヒロインが勝手に台詞を考えたら、逆に怒られちゃいませんか?」
極めて正論なだけに、すこし馬鹿にされているような気分になった。
それに何だか一人だけ勝手に悩んでいるようで、段々腹が立ってきた。
「手伝ってくれるんじゃなかったの?」
「執筆のお手伝いは全力でさせて頂いているつもりです。勿論貴方が意見を求めた時だけですが、台詞の選択、状況の提案、イベントの立案。それからほんの少しですが、執筆に集中できるように身の回りのお手伝い。でも、今回は、貴方自身のプライベートなお話です。私が口出しすることではないように思います」
「じゃあ、俺が最上川といる間、ずっと黙っていたことだって、プライベートなことだろ? 最初に口出ししてきたのは葛川さんの方じゃないのかなあ」
「私は……ただちょっと心配になって……」
多分そうだったんだと思う。葛川さんのことだから、俺のことも最上川のことも心配してくれたんだろうな、と。
頭ではわかっているんだけど、少し頭に血が登っている。
「葛川さんは気楽で良いですね」
「そうかもしれません……。すみません。お力になれなくて」
「仕方ないかな。よく考えたら、大体"人"ですらないのだから、分かんないよね。小説の中の友達だって、全て俺が用意するんだし」
「そうですね。ありがとうございます……」
「と言うことは、俺が決めたらその通りになるってことか。この際、恋人にしようかな。どうせ実体はないわけだし。出てきた時だけの契約彼女。いい考えだな、どう?」
葛川さんは俯いたまま座っている。彼女の膝に何かが落ちて光っている。
しまった! 最低だ! 俺!
ようやく我に返って自分の失言に呆然とする。
それでも気力を振り絞って、何とか声を出した。
「あの……、葛川さん?」
声をかけた瞬間、葛川さんは消えた。