ルール
「葛川さんってさ」
「何でしょうか」
台所で洗い物をしながら返事をする。
美しい女性ってのは、洗い物をしていても様になる。
本当にこんな美人が俺の部屋にいて良いのだろうか、とさえ考える。
「万年筆から出てくるときのルールってあるの?」
前から聞きたかった件だ。
先週の週末は、日中ずっと一緒にいたのだが、今週に入ってから出会うのば三日ぶりである。
この三日間、執筆した文章の校正に追われまくっていたので、正直出てきて新たなイベントが発生させられるのも大変と言えば、大変なのだが。
「全然決まっていませんよ。出てくる必要があるときには出てきますし、その必要がないときには出てきません」
「それって、葛川さんの判断ってこと?」
「前に説明させて頂いたかと思いますが、中では"冬眠"に近い状態ですから、私の意志で操作しているわけではありません」
ふうん、そうなのか。じゃ、誰が決めているんだろうな。
「逆に出て来たときは、その必要性があるから出てきているのだろう、と考えてできる限りのことを心がけてはいるのですが」
「夜は基本帰っちゃいますよね?」
「ええ、ずっと外で生活を続けるのは、今はまだ無理なようです。でも、時々出てきていますよ」
そう言えば、執筆中に机で伏して寝てしまっていても、朝になるとちゃんとベッドで寝ていたりするな。
あと、弁当も作っている姿を見たことはないけど、今週は二回作ってもらったな。二回とも食事に出れないくらい忙しい日で助かったっけ。
「あ、お弁当ありがとうございました。。とても美味しかったです」
「いいえ、お粗末さです。また適当に食材を追加しておいて下さい。冷蔵庫がちょっと寂しくなってきました」
「了解です。明日、仕事帰りにでもスーパーに寄って買ってきます。それにしてもお料理上手ですよね」
「この部屋に料理に関する書籍が二冊ほどありましたよ」
ああ、そう言えばあったような。大学時代に誰かが持ってきて置いていったやつだ。
そこそこの分厚さがあったように思うが、あれ全部インプットしたんだろうな、葛川さんのことだし。
「料理、好きなんですか」
「いえ、その辺は貴方の設定によります。確かに私の設定に"料理好き"はありませんが、貴方の執筆中の小説の中で、主人公の男の方があまりにも喜んでいたのでつい勉強してしまいました」
「読んだの?」
「読んだの? と言われましても」
ああ、そりゃそうか。俺がパソコンでまとめた後、あの万年筆で清書しないと執筆していることにならないんだった。
葛川さん、万年筆の一部だし、知っていて当然だよな。
「そうですね。愚問でした」
「でも嬉しいです」
「何がですか?」
「そうやって、私を万年筆の一部としてではなく、一人の人として見て頂いていることがです」
ぐおお! 相変わらずの発言。
「こうやってずっと一緒にいることができたら楽しいでしょうね」
そう言って微笑む葛川さんだったが、洗い物を見つめる目はどこか悲しそうに見えた。