平日は
「ああ、眠い」
昨日の夜、夕食のナポリタンを平らげて暫くして葛川さんは万年筆に戻った。
その後、昨日あった一日の出来事を執筆してからベッドに入ったのだが、兎に角いろんなことがありすぎて、結局また朝四時までかかってしまった。
普通に日記をつけているだけならそんなに時間はいらない。
しかし、俺は恋愛小説を書いているのだ。
起こった出来事をそのまま記録しているだけでは小説にならない。
二人の間にあったことは勿論盛り込むが、基本、小説上の登場人物が自然な形でこのイベントを過ごすように再加工しなくてはいけない。
この作業が文才のない俺には時間がかかる。
でも、葛川さんとの約束。
今までの味気ない週末に彩りを添えてくれたことへのお礼の意味も込めている。
正直、彼女と出会ってから毎日がとても楽しい。
でも、これから先ずっとこんな生活を続けていると、確実に睡眠不足で倒れてしまう。
平日も同じように朝六時から起こされるのかと思ったら、今朝は姿を見せなかった。
その代わり、テーブルには弁当らしきものが置いてある。
俺はそれをカバンに入れて仕事に出た。
俺の仕事は毎日代わり映えしない。
ただ、ある程度専門的な知識が必要な業務の為、休むと代わりがいない。
それはそれで、自分の居所があるわけで、それなりにやりがいもある。
また、機会があれば紹介するが、兎に角そういうわけだ。
「おはよっ! 千丈川先輩っ! 相変わらず今日もパッとしませんね」
元気一杯声をかけてきたのは、無敵の新入社員の天井川さんだ。
入社した日から、彼女の元気のないところを一度も見たことがない。
ハキハキしていて、屈託のない笑顔が魅力的な彼女だが、何でも思った通りに発言するため、俺の心が砕け散りそうになることもしばしば。
「いつもハキハキ元気一杯だね。今日もドサクサに紛れて言いたい放題だね! 埋めちゃうぞっ!」
とりあえず、反撃しておいた。
あはは、と笑う天井川さん。全く悪びれる様子はない。
とりあえず、今年の新入社員で未だそのテンションが落ちていないのは、彼女だけである。
貴重な人材と言えるだろう。
週明けはメールの処理から始まる。
それが終われば、書類の整理。
そこから本来の仕事に入る。
ところが、今日はやたらとメールが多い。
何とかメールの処理と書類の整理が終わったところで、もうランチの時間になっていた。
そう言えば、今日弁当持ってきたんだった。
徐ろにカバンから取り出していると、
「あれぇ! 先輩! 弁当男子ですかぁ? ひょっとして食べ物が入っているとか! あはは。当たり前か」
本当にムカつくこというやつだな。天井川。
さて、中身は何でしょうか、と。
「こ、これは……」
色んな意味で驚いた。まるで普通の弁当なのだ。
弁当屋さんで普通に売っている日替わり弁当、そのものなのだ。
「先輩! 卑怯なくらい普通ですね。蓋を開けるまで待機していた私の時間を返してください」
天井川の理不尽な要求はこの際無視して、取り敢えず食してみる。
テンプレなら塩と砂糖を間違えてるはずだ、まだ何が待っているかわからない。慎重に口へ運ぶんだ! 俺。
そして一口。
「普通に美味い」
本当にそれ以外のコメントが思いつかない。
本当に普通に美味しいのだ。
しかも、おかずは全て定番。目新しい食材は一切見当たらない。
何とも狐につままれたような気分になったまま完食。
隣の席で、サンドイッチを食べていた天井川さんが、
「先輩って和食が得意なんですね」
絶対に自作だと断定しているな、こいつ。
「誰に作ってもらったんですか?」って社会人としてのマナーとして聞きやがれ! 本気で傷付くぞ!
心の中では、激しく抗議していたが、俺は言った。
「まあね」
「今度私にも作ってくださいよ」
「やだね」
「そんなこと言わずにお願いしますよ」
「やだね」
「苔じゃなくって?」
「シダね」
「ナニワのモーツアルトは?」
「キダね」
って、もう弁当関係なくなってるじゃない!
また、後輩に遊ばれてしまった。
「ご馳走様」
サンドイッチを食べ終わった天井川さんは、そう言って席を立った。
部屋から出る直前、こちらを振り向いて、
「先輩の幸せそうな顔もご馳走様」
俺は生まれて初めて「キャッ!」と言って顔を両手で覆った。




