お出かけ①~漫画喫茶~
「どこか行きたいところはありますか?」
「"秋葉原"に行きたいです」
「残念、ものすごく遠くて行けません」
「では、"夕暮れの街角"に行きたいです」
「まだ朝の八時ですから秋葉原に置くのと同じくらい時間がかかります。後、もう少し具体的な場所を提案して下さい」
情報源があまりに偏っている。
俺はオタクと言うわけではないが、基本一人でネットしていることが多い。
ぼっちと言うわけでもないが、それほど外交的でもない。
誘われて用事がなければ出向くし、それなりに楽しく過ごす。
基本、職場との往復の毎日なので、週末の飲茶家飯盗とコンビニくらいが行きつけの場所になるが。
葛川さんの提案は聞いてみたものの、俺が連れて行こうと思った場所は既に決まっている。
「葛川さんって一冊の本を読むのにどのくらいの時間がかかりますか?」
「厳密には"読む"というより"スキャン"に近いので、ページをめくる速度と同じですが」
スゲェ、テレビとかで見たことある"速読"のレベルなんだろうな。
だったら、それほど時間はかからないかも。
程なく、駅前の24時間営業の漫画喫茶に辿り着いた。
受付で、料金を支払うと、フリードリンクのコップと、透明の袋に入った丸いパン(不思議)を貰って入店。
「沢山の本がありますね」
「この棚から向こうが小説。参考になるかどうかはわからないけど、俺も頑張って読んで見るよ」
「了解しました。私もできるだけデータを"スキャン"しておきます」
とりあえず、"今人気! "の棚の恋愛ものから一冊取り出した。
フムフム、主人公は最初あまりパットしないほうが良さそうだな……。
「やはり、千丈川さんが適役ですね」
おわっ! いきなり背後から葛川さんが話しかけた。
店内の独特の雰囲気の方々から冷たい視線を集中砲火。
「いつからそこにいたの?」
「そちらの棚のスキャンが完了しましので、こちらの棚へ移動してきたところです」
はやっ! そちらの棚って一〇〇冊以上はあるぞ。入店して一〇分も経っていないんじゃないか?
「実は困った問題がありまして」
「問題?」
「データを整理しますと、案外、主人公やヒロインが亡くなってしまうケースが多いのですが、千丈川さんが亡くなると、強制的に執筆は中止させることになりますし、私は人のいうところの"死ぬ"ことができません。ですから、それ以外の部分だけを抽出しても何ら物語として成立しないのです」
「ま、出だしから延々と最後までいちゃついている恋愛小説なんざ、何も面白くないものな」
「その他のイベントについては、いずれ活用できるかもしれませんから、一応ストックしておきます。問題の出だしについては、主人公が憧れの女性(美少女)の知られざる一面に出くわしたり、知らない女性からいきなり声をかけられるケースも多く見られました。何でしたら、私がいきなり千丈川さんに声をかけて、理解できないような次元の言葉を投げかける、というのも良いかと考えたのですが」
「それ、そのまんま一昨日の晩に実践しているから。もう既に始まっているでもいいんじゃないかなって思えてきた」
一応、"日記"に切り替えたので、一昨日からの一連の出来事は全て手帳には箇条書きにしている。
気がついたら夜中の四時で、今日は六時に起こされて……。
「では、その方向で行きましょうか。私もそれで良いと思います。基本執筆者の意向を尊重する方向で」
半強制的に執筆させている割には、こういうところは謙虚なんだな。
まあ、昨日遅くまで書きためたメモが無駄にならなくて良かったけど。
「ところで、あそこに食べ物の名前らしきものが沢山列記されているのですが……」
葛川さんは、店内に貼られた軽食のメニューを指さした。
「"オムライス"とありますよね? 実は私、"オムライス"は非常に好物でして……」
「いやいや! あれは本の名前だよ! 有名な本はああやって貼りだされるルールになっているようだね、この店は」
四食連続オムライスもきついが、それより"おまいじない"が怖い。
こんな公共の場所でも葛川さんのことだ、ここでも"おまじないは一緒にするのが決まりです。"とか言い張るに違いない。
今ひとつ納得していない様子の葛川さんの手を取り、ひとまず漫画喫茶からは出ることにした。