仕方がないので
「仕方がありません。少し計画を変更しましょう」
オムライス完食後、何時間経っただろう。
未だノートに一行も書けない私を見て、葛川さんはそう言った。
「一応、貴方が万年筆を取りに行っている間に、この部屋にある書物の情報は、全てスキャンしました。その上で、貴方がヒロインに求める共通点を幾つか抽出してあります。一部不適切と感じたデータに関しては、データベースより既に抹消あります。R18であれば、データ復旧を試みるか、再スキャンを試みますが。とりあえず、今の設定をベースに貴方との生活を過ごしてみます。それを日記として記録することから始めましょう」
「不適切? R18?」
おぁっ! ベットの下にあったはずのトップシークレットなブック達が整然を棚の上に積み重ねてある!
ずっとノートに集中していて全然気が付かなかった!
動揺している俺の空気を読んだのか葛川さんが、次の展開に招待してくれた。
「では、手始めに道の曲がり角でぶつかりに出かけましょうか。あ、口に咥える食パンがありませんね。代わりになるものはと……」
「おいおい! ちょっと待て、二人が初めて出会うときの流れだろ? 俺達は既に出会っているし、展開としてもあまりにもベタ過ぎる気がするのだが」
パンの代用品を探しながら葛川さんは続けた。
「でも、この部屋にある小説では、かなりの高確率でこの流れが採用されていたのだと思うのだけれど。お気に召しませんでしたか?」
「お気に召す、召さないで言うと、かなり召しているけどさ! (恥)実際自分が経験するとなると死ぬほど恥ずかしいわっ! しかも、偶然じゃなくて示し合わしての話だろ? できるか! そんなこと!」
こりゃイカン。俺の部屋の書物は、随分と偏っていたようだ。(周知)
「では、何からの手違いで露天風呂で鉢合わせする状況からスタートします?」
これもよくあるけど! 現実にはまずないし! 露天風呂も部屋にないし!
「とりあえず、俺もじっくり考えるから! 葛川さんももうちょっと幅広く文献を目にする機会を持たないと、このままだとベッタベタの盗作恋愛小説になってしまう。明日、連れて行きたいところがある。それからにしないか?」
この時点で、物語の進行の殆どを彼女のスペックに頼りきっていないか? 俺。
明日は日曜日。二人で出掛けることにする。とりあえずもう少し設定の幅を広げる為に図書館も良いかもしれない。
それにしても……。
腹減った……。
「葛川さん、何か食べませんか?」
出会いのパターンを反芻しながらブツブツ言っている葛川さんは、明るい表情でこちらを見て、
「オムライスが食べたいです!」
またですかぁ? 今日の日記オムライスのダブルヘッダーは、どう考えても恋愛ものに発展しなさそうなんだけど。絵日記だったら、真っ黄色!
「今度はメッセージを書いて頂けると嬉しいのだけれど」
「メッセージ? 別に良いけどなんて書けば?」
葛川さんの顔が少し赤くなった。暫くモジモジしていたが、蚊の鳴くような声で呟いた。
「『ハッピバースデー! 香子』で、お願いします」
「今日誕生日なの?」
「私が誕生したのは、一年前の昨日です。設定では二十四歳ですが、厳密にはまだ一歳です。そして私の生みの親は、他ならぬ貴方です」
俺は彼女の生みの親で、葛川さんはまだ一歳。
その彼女とこれから恋愛ものの物語を作っていくわけだよな?
彼女との関係に法律が適用されるのかどうかは分からないが、状況だけ考えたら、同時にいくつの犯罪を犯していることになるのだろう。
「まだですか?」
「はい、分かりました! すぐに取り掛かります」
出来上がったバースデーオムライス(あるのか? )を食べ終えた葛川さんは、間もなく万年筆へと消えていった。